谷正之(読み)タニ マサユキ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「谷正之」の解説

谷 正之
タニ マサユキ


肩書
外相,駐米大使

生年月日
明治22年2月9日

出生地
熊本県上益城郡

学歴
東京帝国大学法科大学政治学科〔大正2年〕卒

経歴
外交官試験に合格し、書記官参事官歴任。昭和5年アジア局長となり、11年オーストリア公使を経て、14年外務次官、16年東条内閣の情報局総裁、17年同内閣の外務大臣兼情報局総裁となる。18年から20年にかけて中華民国大使に就任戦後公職追放となったが、29年外務省顧問となり、30年アジア・アフリカ会議代表代理、31年駐米大使、大蔵省顧問、国連第11回総会代表となった。

没年月日
昭和37年10月26日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

20世紀日本人名事典 「谷正之」の解説

谷 正之
タニ マサユキ

昭和期の外交官 外相;駐米大使。



生年
明治22(1889)年2月9日

没年
昭和37(1962)年10月26日

出生地
熊本県上益城郡

学歴〔年〕
東京帝国大学法科大学政治学科〔大正2年〕卒

経歴
外交官試験に合格し、書記官や参事官を歴任。昭和5年アジア局長となり、11年オーストリア公使を経て、14年外務次官、16年東条内閣の情報局総裁、17年同内閣の外務大臣兼情報局総裁となる。18年から20年にかけて中華民国大使に就任。戦後は公職追放となったが、29年外務省顧問となり、30年アジア・アフリカ会議代表代理、31年駐米大使、大蔵省顧問、国連第11回総会代表となった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「谷正之」の解説

谷正之 たに-まさゆき

1889-1962 昭和時代の外交官。
明治22年2月9日生まれ。外務省アジア局長,満州国大使館参事官,オーストリア兼ハンガリー公使をへて昭和14年外務次官。17年東条内閣の外相兼情報局総裁。中国大使のとき終戦をむかえる。29年外務省顧問,31年駐米大使となった。昭和37年10月26日死去。73歳。熊本県出身。東京帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「谷正之」の解説

谷 正之 (たに まさゆき)

生年月日:1889年2月9日
昭和時代の外交官
1962年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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