谷茶村(読み)たんちやむら

日本歴史地名大系 「谷茶村」の解説

谷茶村
たんちやむら

[現在地名]恩納谷茶たんちや

恩納うんな間切のほぼ中央に位置し、北から西は東シナ海に臨み、北東恩納うんな村、南西富着ふじち村、南は境界にある石川岳を隔てて美里んざとう間切と接する。初め中頭方読谷山ゆんたんじや間切のうち。康熙一二年(一六七三)恩納間切の創設により国頭方恩納間切に所属。絵図郷村帳では読谷山間切のうちに「たんちや村」とみえるが、琉球国高究帳に村名はみえない。「琉球国由来記」に恩納間切役人として谷茶大屋子(地頭代)とあり、谷茶村は富着村のアフシマノ嶽と神アシアゲ祭祀前兼久めーがにく村の前兼久根神火神の祭祀に富着村・前兼久村仲泊なかどうまい村とともに加わっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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