豊広新田(読み)とよひろしんでん

日本歴史地名大系 「豊広新田」の解説

豊広新田
とよひろしんでん

[現在地名]四日市市羽津はづ

東は伊勢湾に面し、西には羽津村がある。開発の時期は不明である。文政三年(一八二〇)頃と思われる豊広新田連年帳(四日市市立図書館蔵山中文書)には田畑六町六反余、うち畑方八反余、田方五町二反余。金七ほか二名が約二町一反程度を耕作しているが、これは小作で、地主は四日市北川原きたかわら町の山中伝四郎であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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