豊持村(読み)とよもちむら

日本歴史地名大系 「豊持村」の解説

豊持村
とよもちむら

[現在地名]大牟田市白銀しらがね

岡松おかまつ村の東、白銀川流域にあり、吉野よしの台地の東縁部に位置する。天文二一年(一五五二)六月二三日、「三池郡之内豊持」一〇町などが大友氏から田尻親種に宛行われている(「大友氏老臣連署奉書」田尻家文書/佐賀県史料集成七)。親種の子鑑種は天正七年(一五七九)以降龍造寺氏に従ったが、同一〇年頃同氏から離反したために攻められ、鑑種の居城鷹尾たかお(現大和町)が落城する前の同一一年九月五日には、豊持ほか数ヵ所が肥前深江ふかえ(現長崎県深江町)での合戦の勲功により横岳兵庫頭に宛行われている(「龍造寺政家知行宛行状」横岳家文書/佐賀県史料集成六)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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