貝家村(読み)かいげむら

日本歴史地名大系 「貝家村」の解説

貝家村
かいげむら

[現在地名]四日市市貝家町

小古曾おごそ村の西に位置する。当村の東方足見あしみ川と内部うつべ川が合流する。江戸時代は、初め亀山藩領、享保一一年(一七二六)以降上総一宮藩領、寛政一〇年(一七九八)再び亀山藩領となる。延宝四年(一六七六)の戸数五九、うち本役二四・無役三五、人数二九四。牛一二、馬五。享保一五年では戸数七五、人数三二七。村域は東西六〇間、南北一二〇間。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

七種とも書く。春の七草と秋の七草とがある。春の七草は「芹(セリ),薺(ナズナ),御形(おぎょう,ごぎょう。ハハコグサ),はこべら(ハコベ),仏座(ほとけのざ。現在のコオニタビラコ),菘(すずな。カブ)...

七草の用語解説を読む