貝鮒村(読み)かいふなむら

日本歴史地名大系 「貝鮒村」の解説

貝鮒村
かいふなむら

[現在地名]豊玉町貝鮒

嵯峨さが村の南、外浅海そとあそうより内浅海に通じる入口にある浦に臨む。船越ふなこしに至る重要な泊地であった。カイフ(海夫)・ナ(浦)地名の語義という(津島紀事)。元禄八年(一六九五)浦の南岸のたま崎またはたそ(現貝鮒崎)で紫銅矛一枝が発見されたというが(同書)、近年積石の古墳が発見された。中世は海船などとみえる。「郡方毎日記」寛永一五年(一六三八)条に「かいふな」とみえ、正保二年(一六四五)の物成は海舟村として麦四三石余・籾八斗余(二郡村々物成)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む