賀屋恭安(読み)かや きょうあん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「賀屋恭安」の解説

賀屋恭安 かや-きょうあん

1779-1842 江戸時代後期の医師。
安永8年11月3日生まれ。長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩校明倫館にまなび,京都で吉益(よします)南涯に師事。のち萩藩主の侍医として江戸藩邸に勤務。天保(てんぽう)11年能美(のうみ)洞庵とともに藩の医学所(のちの好生館)を創設した。天保13年10月14日死去。64歳。長門出身。名は敬。字(あざな)は子恭。号は澹園,榧陰。著作に「好生緒言」「続医断」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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