賀来地区条里地割遺構(読み)かくちくじようりちわりいこう

日本歴史地名大系 「賀来地区条里地割遺構」の解説

賀来地区条里地割遺構
かくちくじようりちわりいこう

大分川の支流である賀来川の右岸、大分市東院といから賀来にかけて東西一五町、南北五町程度の条里遺構がみられる。阡線は約三〇度東に偏しており、同市中尾なかお台地からの傾斜と賀来川の氾濫原がつくる傾斜に規制されたものと考えられる。坪内はブロック状地割となっていて、異質である。また条里呼称も、小字レベルでは存在しない。保延五年(一一三九)八月日の平丸郡司藤原貞助田地寄進状(柞原八幡宮文書)にみえる、由原宮の大般若経修理料田の所在する阿南あなん黒田くろだ里九坪もこの地割遺構ないしはその周辺に存在したものと考えられるが、明確ではない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む