日本歴史地名大系 「賢谷村」の解説 賢谷村かしこだにむら 福島県:耶麻郡山都町賢谷村[現在地名]山都町朝倉(あさくら)藤沢(ふじさわ)村の北東、一(いち)ノ戸(と)川支流五枚沢(ごまいざわ)川の東岸に位置する。北は沼平(ぬまのたいら)村、東は五分一(ごぶいち)峠を境に五分一村(現喜多方市)。北方にある背戸尻(せとじり)村(現熱塩加納村)はかつて当村の端村であったが、承応二年(一六五三)に分村した。寛文六年(一六六六)の「会津風土記」に村名がみえ、貞享元年(一六八四)の会津領高辻帳(喜多方市立図書館蔵)では高二七五石余。享保一八年(一七三三)の木曾組手鑑(真部家文書)では高一九七石余(うち新田四五石余・新畑一五石余)、本田畑は免六ツ二分で、田方六町九反余・畑方一〇町六反余、家数四〇(竈数四五)・人数一九六、雑駄八。なお同一五年の木曾組諸役等書上帳(五十嵐家文書)によると山役銀八匁二分八厘、炭役六俵半・漆木役一千四一本などを負担していた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報