赤司ヶ里(読み)あかぜがり

日本歴史地名大系 「赤司ヶ里」の解説

赤司ヶ里
あかぜがり

[現在地名]三日月町大字織島おりしま字赤司

現三日月町の北部にあり、すぐ南を祇園ぎおん川が流れる。正保絵図に村名がみえる。小城郡五百町いおまち郷の内にあり、嘉永六年(一八五三)写の大小配分石高帳では、地米(年貢)一七四石五斗三升八合とある。

当村は中世赤自あかじ庄、および赤自(目)城の所在地と推定されている。元応元年(一三一九)の鎮西下知状(河上神社文書)には「赤自三郎蔵人善願」の名前が記され、当地方を支配した在地領主の一人ではないかと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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