赤垣内村(読み)あかがいとむら

日本歴史地名大系 「赤垣内村」の解説

赤垣内村
あかがいとむら

[現在地名]岩出町赤垣内

波分はぶ村の南西にあり、北西金池かないけ村。「続風土記」は「村名の義、赤沼黒田なといふと同く土色を以て名るならむ」と記す。中世山崎やまさき庄に含まれたと思われる。慶長検地高目録によれば村高一三八石余、小物成一石五斗四升六合。正徳元年(一七一一)山崎組定免所指出帳(増田家蔵)によると田七町二反余で高一三四石余、畑三反余で高五石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む