赤座氏館跡(読み)あかざしやかたあと

日本歴史地名大系 「赤座氏館跡」の解説

赤座氏館跡
あかざしやかたあと

[現在地名]今庄町今庄

中世末期の武将赤座吉家の居館。「越前国城蹟考」に「今庄村際寅卯方畑之中東西二十五間南北二十八間計之所掻上堀之形有之」とあり、これに従えば今庄の字北立石きたたていし・南立石の地に比定されるが、現在は今庄駅構内となり、遺構をとどめない。

赤座氏は同氏系図(「今庄村誌」所引)によると藤原鎌足より出て、鎌倉時代に赤座九郎なる者が将軍に仕え、のち北条氏を経て室町時代に斯波氏家臣となり、寛正(一四六〇―六六)の頃、景秋の時、今庄の西方新道しんどうに居住した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む