越中坂村(読み)えつちゆうざかむら

日本歴史地名大系 「越中坂村」の解説

越中坂村
えつちゆうざかむら

[現在地名]津幡町越中坂

苅安(かりやす)村の東に続き、寺尾(てらお)谷(刈安川)右岸に位置。正保郷帳では高一八二石余、田方七町三反余・畑方四町八反。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の草高一八八石、免五ツ、小物成は山役一七九匁・野役二匁・蝋役一匁、油役三匁(出来)であった(三箇国高物成帳)。文化八年(一八一一)の産物は牽売米一〇〇石ほど・串柿三〇束ほど・蚕繭五〇貫目ほど・渋柿一〇俵ほど・割木三千貫目ほど・杪三〇〇束ほど(「村々諸産物書上帳」新田文書)。天保年間(一八三〇―四四)の高一八九石、家数一八・人数一二三、馬八(「河北郡村々調理書上帳」林文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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