天正一八年(一五九〇)豊臣秀吉の都市改造に際して開かれた通りで、現在の中・下京区を南北に貫通し、
「京羽二重」には「松原通ヨリ南へ七条通まで因幡堂つきぬけとをりともあかずのもん通共云」とある。車屋町通の名称由来を「坊目誌」は「天正以来、車輛製造の者此街の南に住居せしより名とす。一に車屋町突抜と称せしと」と記し、不明門通については、同書に「松原の北に因幡堂平等寺あり。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...