コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

道路 どうろroad; highway

7件 の用語解説(道路の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

道路
どうろ
road; highway

陸上交通の用に供するために設けられた通路。道路の歴史は,人類出現とともに始まる。初めは自然路であり,家畜を交通手段に使うなど,長い間にゆるやかに進歩したが,道路史上の一大革命は前3500~前3000年頃におけるの発明である。古代中国,アッシリアインド,ペルシアなどに人工的な道路があったことも認められている。その後ローマ道の舗装など,街道整備の過程を経て,19世紀の初めに,トマス・テルフォードとジョン・L.マカダムの 2人によって,近代道路にも利用されている砕石道が考案され,馬車用舗装街路がイギリスに現れた。ちょうどこの時代に鉄道が発明され普及したので,道路は陸上交通の主座を失い,一時その進歩は中断したが,20世紀の初めになると自動車が道路交通の主役となり,道路の重要性が再認識され,改良が加えられて今日の道路になった。日本では 7世紀に中央と地方を結ぶ七道駅路(→五畿七道)が整備され,17世紀には当時の中心地である日本橋と各地を結ぶ五街道が整備された。近代以降の本格的な整備は第2次世界大戦後で,1964年の東京オリンピック競技大会を機に高速道路などがつくられ,その後も自動車の台数の増加とともに急速に整備が進んだ。道路の整備や管理は道路法で規定され,道路の安全,円滑な通行のためには道路交通法などが制定されている。道路を工学的にみるとき,交通工学的な面からと,舗装などの力学的な面からの見方があり,どちらも道路の改良,建設には欠かすことはできない。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

どう‐ろ〔ダウ‐〕【道路】

人や車などの通行するみち。往来。

出典|小学館
デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

道路【どうろ】

一般交通の用に供する道。トンネル,橋等の構造物を含む。道路はその管理者の別により,道路法に基づいて高速自動車国道,一般国道都道府県道市町村道などの公道と,私道とに分類される。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
百科事典マイペディアについて | 情報

リフォーム用語集の解説

道路

建築基準法上の道路とは、道路法による道路、都市計画法などによる道路、建築基準法の規定が施行された際に現存していた道路、位置指定道路みなし道路(2項道路)などがある。→私道、みなし道路

出典|リフォーム ホームプロ
リフォーム用語集について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

どうろ【道路】

人や自動車などの通行の用に供される交通施設のこと。ここでは主として20世紀以降の現代の道路について扱うので,それ以前の道路については〈〉の項目を参照されたい。
【外国の道路】
 1908年のフォードT型自動車の登場や第1次大戦での自動車の活躍を契機に,自動車時代が始まった。ドイツではヒトラーが政権につくや,高速道路(アウトバーン)建設計画を発表し,42年までに3859kmを完成させた。第2次大戦後の東西分割によって西ドイツには2110kmが残されたが,連邦長距離道路法,鉱油税等の一部を特定財源化した交通財政法などに基づいてその整備が進み,高速道路は7500kmにまで達して,戦後の西ドイツ経済の成長を支えた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

どうろ【道路】

人・車馬などが交通するための通路。みち。往来。往還。 「 -工事」

出典|三省堂
大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

道路
どうろ
road

道路は太古から人類とともに進歩し、現代の自動車時代に適応した高速道路にまで近代化され、生産、流通をはじめ経済的、政治的、文化的に重要な機能を果たしている。鉄道など他の交通機関と比較して、道路を利用する場合、時間的、空間的に自由であり、日常生活に欠かせない陸上交通施設である。[吉川和広・小林潔司]

定義

道路に関係ある法制が数多く定められた今日では、道路の正確な定義を行うことはむずかしい。現在、道路の定義をしている法律としては、道路法、道路運送法、道路運送車両法、道路交通法、道路整備特別措置法、高速自動車国道法、日本道路公団等民営化関係四法、建築基準法などがあるが、いずれも規制の対象が異なるため、これらの法律において定義されている道路の観念はかならずしも一様ではない。すなわち、道路法によれば、道路とは、一般交通の用に供する道(自動車のみの一般交通の用に供する道を含む)で、高速自動車国道、一般国道、都道府県道もしくは市町村道をいうとしている。道路法以外の前掲の諸法律のうち、高速自動車国道法および道路整備特別措置法を除くその他のものはすべて、これよりやや広い定義を下し、道路法上の道路のほかに自動車道および一般交通の用に供するその他の場所をも含めて、これを道路と定義している。広い意味での道路は、これを公道と私道とに分けることができる。公道とは、行政主体が自己の行う行政の内容として、一般交通の用に供するため築造し、または認定した道路をいう。これに対して私道とは、私人が所有している敷地の一部を一般交通の用に供すべく築造し、または事実上一般交通の用に供している道路をいう。[吉川和広・小林潔司]

役割

道路は他の各種交通機関と異なり、交通を処理する機能のほかに多様な機能をもつ。たとえば、都市において道路はもっとも重要なオープンスペース(空間)である。その空間は都市における景観、防災などと密接不可分な関係にあり、またその道路空間を利用した下水道、上水道、電気などの都市の公益サービス施設の収容や、大都市における地下鉄などの整備もこの道路空間の利用なくしてはありえない。このように道路はその空間そのものが社会経済活動の各面において多様かつ重要な役割を果たしているが、その本来の機能である交通施設として今日の経済社会で果たす役割もまたきわめて大きいものがある。道路交通の役割の増大を支えた基本的な要因はまず、道路が高速自動車国道などの幹線道路網から身の回りの道路まで一貫したネットワークをもち、他の交通機関にはない普遍性とドア・ツー・ドアという特性をもつことによる。この面において、末端において道路交通に依存し、積み換えなどの過程を伴う他の交通機関と決定的な差異がある。さらに、このような道路のネットワークは、自動車のもつ機動性、随時性などの多くの特性と相まって高度な可動性を求める日本の社会経済の要請にこたえている。近時エネルギー制約などの観点から、自動車交通への依存からの脱却、鉄道など他の大量輸送機関への転換を指摘する向きもあるが、交通機関の特性や、こうした経済社会が求める可動性への要請を踏まえた現実的な検討が必要とされよう。[吉川和広・小林潔司]

歴史


世界
原始時代の道路は、人々が果実、草根などの食料を採取する場合、迷わないように木の枝を折り幹に傷をつけたり、石塊を積むなどの目印を設けることから始まり、野生動物の通路(けもの道)を利用するなど、自然に踏みならされた狭い曲がりくねった通路にすぎなかったと思われる。新石器時代に入り、農耕、牧畜が発達し、多量の食料生産が可能となって人類の生活は安定した。各方面での人類の活動が可能となり、文明の段階に入って人工的道路もつくられるようになった。すでに紀元前3000年ごろには、のちに、こはく道路とよばれる交易路があった。これは、こはくの産地であるバルト海沿岸地方と地中海沿岸地方を結ぶものであった。エジプト、メソポタミア、インド、中国など古代文明の発祥地では、神殿や宮殿に通ずる道路が石材で舗装されていたことが遺跡で知られる。最古の長距離道路はペルシア湾からメソポタミア、小アジアを経て地中海に至るロイヤルロードで、前14世紀ごろメソポタミア地方で勢力があったヒッタイト王国によって建設、整備された。またシルク・ロードは、前4世紀ごろから後16世紀になって海洋交通が発達するまでユーラシア大陸を横断し、東西文明の交流に役だった。
 ローマ時代に入って道路建設技術は目覚ましい発達を遂げた。ローマ帝国は、イタリア、フランス、スペインからイギリス(ブリタニア島)、小アジアの西部、北アフリカにわたる広大な領土を統治し治安を確保する必要から、いわゆるローマ道を築きあげた。ローマ帝国の最盛時代には幹線道路の延長は9万キロメートル、下級の道路を加えると30万キロメートルにも達し、ローマから放射する幹線は23本にも及んだ。ローマ道のもっとも注目に値する点は、それが全体として統一ある計画のもとに整然とした道路網を形づくっていたところにある。ローマ道はローマ帝国の統治、治安の確保だけでなく、ローマ文化の普及にも役だち、「すべての道はローマに通ず」とまでいわれた。
 ローマ帝国が衰退して東西に分裂し、5世紀後半に西ローマ帝国が滅びたのち、おおよそ1000年の間は中世の暗黒時代とよばれ、道路交通は著しく後退し、ローマ時代の高度に発達した道路建設技術は忘れ去られた。長距離の道路交通にはローマ時代の道路が用いられ、道路の建設は狭い範囲を結ぶ局地的なものにすぎなかった。中世紀で特筆すべきことは、南アメリカのペルーのインカ帝国が、ローマ道にも比すべき大規模な道路を建設したことである。この大道路網はアンデス山脈の急峻(きゅうしゅん)な山岳地帯を縫って広がり、その構造や工法も優れたもので、路面は石塊で舗装され、アスファルト材料が盛んに用いられた点はローマ道と比べたときとくに注目される。
 ルネサンス以後、都市のギルドと結び付いて道路整備も徐々に進められていったが、その本格的建設は産業革命以後のことである。18世紀の終わりにイギリスで始まった産業革命によって交易の範囲と量は急速に拡大し、交通需要に対応する道路建設の必要が生まれた。1764年フランスではトレサゲPierre Trsaguet(1716―1796)が砕石道工法を確立した。続いてイギリスのテルフォードThomas Telford(1757―1834)とマカダムJohn Loudon McAdam(1756―1836)はそれぞれ1805年、1815年ごろに優れた砕石道を案出した。とくにマカダム工法は安価で、当時の馬車交通にも耐える優れたものであった。アメリカ大陸においては、合衆国政府が郵便逓送(ていそう)と貨客の馬車輸送発達のために道路建設奨励政策をとり、諸州もまた、それぞれの経済力強化のために交通改良政策を進めたので道路整備は著しく促進された。とくに東部地方を中心に発達したターンパイク道路は、線形的にも構造的にも優れた道路を広く普及させるもとになった。しかし、このようにして発達した馬車による道路交通も、イギリスのスティーブンソンによって発明された鉄道が1830年以降急速に発達したため、その発達の速度を一時緩めることになった。
 19世紀の終わりになると、ダイムラーらによって内燃機関が実用化され、同じころダンロップによって発明された空気入りタイヤと組み合わされた自動車は、やがて第一次世界大戦でその有効性が認められたこともあって、陸上交通の手段として急速な発展をみた。ほこりをあげるゴムタイヤに対処するため、まずタール類による舗装、続いて重荷重にも耐えるセメントコンクリート舗装が普及した。
 本格的な高速道路が実現したのは、近世に至るまで比較的道路整備の遅れていたドイツであった。1926年に通過都市の頭(かしら)文字をとってハフラバHAFRABAとよばれた約800キロメートルの高速道路建設構想が出され、続いて1934年には国土計画上の必要から国策として1万4000キロメートルに及ぶアウトバーンの建設計画がスタートし、第二次世界大戦前までに3859キロメートル(うち旧西ドイツ分2100キロメートル)が完成した。第二次世界大戦後、ドイツは東西に分割されたが、西ドイツでは1950年から道路事業が再開され、1979年には約4500キロメートルに延長された。アウトバーンの存在は戦後における西ドイツの急速な経済復興の大きな原動力となった。1990年東西ドイツはふたたび統合されたが、ヨーロッパ経済圏を一体とした高速道路整備計画に組み入れられ、高速道路建設は続けられた。ヨーロッパでは1980年代末から1990年代に東欧、ソ連の政治的解体やEU(ヨーロッパ連合)の経済統合を経て、より広範囲な地域を含めて高速道路網計画が検討されるとともに、道路計画とその評価過程の共有化や道路構造の標準化を目ざしてさまざまな取組みが模索されている。
 アメリカでは、1921年に連邦補助一級道路体系が創設されて幹線の改良舗装が進み、その後の自動車道路整備の政策を方向づけた。第二次世界大戦後、1957年連邦補助道路法によって、連邦政府の補助により州際道路網を建設する計画が定められ、1991年に6万8500キロメートルの州際道路が概成した。またアメリカでは伝統的な有料道路による高速道路の建設が行われており、その料金収入額は世界一である。
 さらに、近年では中国で急速に高速自動車網が整備されている。2005~2010年の間に3万3000キロメートルの高速道路が開通し、2010年末には総延長7万4000キロメートルとなりアメリカについで世界第2位となった。[吉川和広・小林潔司]
日本
日本は周囲を海に囲まれ、しかも地勢が急峻で、山岳や急流に妨げられて道路の発達はかなり遅れ、古く遠距離の交通は海運に頼ることが多かった。とくに貨物の輸送は江戸時代まで海運に依存していた。日本語の「道(みち)」という言葉は、もともと「道路」という意味をもっていたわけではなく、むしろ「ある広がりをもった地域、あるいは方角」を意味していた。大化改新(たいかのかいしん)(645)を経て初めて、中央集権的な支配体制を全国的に拡大する意図をもって道路網の整備が進められた。7世紀から8世紀なかばにかけて畿内(きない)から北海道を除く全国の主要地に通ずる陸路ができたと思われる。しかし、それらは今日われわれがイメージするような道路やローマ帝国で建設された道路とはほど遠い。平城京や平安京の建設には大掛りな都市計画が行われ、整然とした街路網が建設された。その後、平安時代から戦国時代まで道路の改良、発達はほとんど認められない。織田信長が天下統一に着手するに至ってふたたび幹線道路が整備されるようになった。江戸時代に入ると、東海道、中山道(なかせんどう)、日光街道、奥州街道、甲州街道の五街道をはじめ、多数の脇(わき)街道(脇往還)も整備され、一里塚(いちりづか)も備わり道路網が発達した。参勤交代の制度は、ある程度全国の主要道路の改良に役だったが、江戸時代の交通は徒歩、乗馬、駕籠(かご)などが主で、車としては牛車、大八車(だいはちぐるま)などがあった程度で、路面築造の技術はほとんど進歩しなかった。
 明治に入って、社会制度の根本的な変革に伴い道路はすべて公道となり、乗用馬車の輸入によって、ようやく道路改良の兆しが現れた。1872年(明治5)東京・銀座通りにはサクラ並木を植え、車道に砂利を敷き、歩道はれんがと板石で舗装する近代的な道路がつくられた。1876年太政官(だじょうかん)布告で国道、県道、里道の3等級を定めた。1885年、東京・浅草の蔵前(くらまえ)通りで近代的な砕石道の築造を試みた。1886年内務省訓令で道路築造標準を制定し、マカダム道路を標準工法とした。1872年新橋―横浜間に鉄道が開通し、その後長く鉄道の普及発達に力が注がれ、近代的道路の建設は大都市内のごく一部に限られた。大正初年ごろから自動車の数が増し、ふたたび道路の建設、整備に注意が向けられ、1919年(大正8)道路法が制定され、国道、府県道、市町村道などの等級が定められた。また同年、国道、府県道の改良30年計画がつくられたが、この計画は関東大震災(1923)で中断された。大震災の復興事業を手始めに舗装道路が全国の都市に普及し、地方道の全面的な改良も幾たびか計画された。しかし、実際の道路改良事業は1930年代の不況期に失業救済、時局匡救(きょうきゅう)などの名目で行われ、引き続き全国的な事業が進められる予定であったが、第二次世界大戦で中断された。このため、戦前の日本の道路は一貫した計画のもとに建設、改良がなされたことがなく、都市主要街路の舗装、架橋、国道、府県道の初歩的改良などが行われたとはいえ、欧米と比べて著しく立ち後れていた。
 第二次世界大戦により荒廃しきった日本の道路は、まず維持、修繕を中心にその整備が始まったが、1952年(昭和27)になって道路法が大改定され、道路行政の基本体系がつくられるとともに有料道路制度を定めた。これを受けて道路整備特別措置法(旧法)が公布された。時あたかも復興期にあった日本経済が、その基盤的施設としての道路の緊急整備を必要とした時期で、1953年には道路整備の財源等に関する臨時措置法が成立して、ガソリン税収入が特定財源として道路事業に充当されることになり、これを契機に1954年度を初年度とする道路整備五箇年計画が初めて策定された。やがて1956年日本道路公団が設立された。また同年には道路整備特別措置法も改正され、本格的な有料道路整備事業が日本道路公団の手によって進められることになった。こうして、特定財源制度と有料道路制度という、その後の道路整備の二大支柱ができあがり、1959年度から名神高速道路の建設が始まり、高速道路時代を迎えることになった。全国高速自動車国道網を形成する32路線7600キロメートルの予定路線を定めることとする国土開発幹線自動車道建設法が1957年に制定され、以降、高速自動車国道の整備が全国的に進められ、東名、名神、中央道、東北道、中国道、九州道といった縦貫道の整備が進められた。[吉川和広・小林潔司]

現代日本の道路整備状況

第二次世界大戦後の半世紀にわたり、くふうを重ねながら道路整備の推進が図られた結果、日本の道路は舗装率を中心にいちおうの進捗(しんちょく)をみた。しかし、経済の拡大と国民生活水準の向上に伴い飛躍的に増大した道路交通需要と対比してみた場合、円滑さや安全性の確保、生活環境の改善など各面において今後の道路整備にまつべき課題は多い。
 日本の道路は、歴史的にみると徒歩の時代から短期間に自動車時代へ移行したため、通過交通をさばく幹線道路の多くが市街地を貫通し、またその道路幅員も狭いなどの悪条件を背負っている。加えて都市化の進展、環境制約の高まりなど道路整備を取り巻く環境には厳しいものがある。
 このようなことから、国民生活の向上と国民経済の健全な発展を図ることを目的として、1954年(昭和29)より延べ第12次にわたる道路整備五箇年計画が策定され、日常生活の基盤としての市町村道から国土構造の骨格を形成する高規格幹線道路に至る道路網が整備されてきた。五箇年計画は途中年度で改訂されたこともある。1998年(平成10)には2002年度を最終年度とする最後の道路整備五箇年計画が策定された。しかし、事業分野ごとに五箇年計画を策定することに対する批判が高まり、従来の事業分野別の交通社会資本整備の五箇年計画は、2003年(平成15)に社会資本整備重点計画に一本化された。[吉川和広・小林潔司]
 社会資本整備重点計画は、計画策定の重点を従来の「事業量」から「達成される成果」へと変更するなどし、社会資本整備の重点化・効率化を推進することを目的としている。社会資本整備重点計画の下で、2007年に道路整備に関する「道路の中期計画(素案)」が公表された。この中期計画は2008年から2017年度までの10箇年計画となっており、その事業規模は65兆円である。さらに、2008年12月の「道路特定財源の一般財源化について」に関する政府・与党合意に基づいて、改めて2008年を初年度とする5年間を計画期間とする「新たな中期計画」が取りまとめられた。新たな中期計画は、計画内容を「事業量」から「達成される成果」(アウトカム指標)へと転換するとともに、厳格な事業評価、政策課題および投資の重点化など、今後の選択と集中の基本的な方向性を示している。また、ほかの社会資本の整備計画と一体化され、2009年に第2次社会資本整備重点計画が閣議決定された。計画期間中の道路整備・管理は、本計画に基づき実施し、その際には、徹底したコスト縮減を図るとともに、道路関係業務の執行にあたっては、無駄の徹底した排除に取り組むことになった(2011年現在)。
 新たな中期計画においては、地域づくり・まちづくりとの連携を図り、地域における道路の位置づけや役割を重視して、地方版の計画を策定することとなった。道路整備にあたっては、最新のデータに基づく交通需要推計結果をもとに、見直した評価手法を用いて事業評価を厳格に実施する。さらに、評価結果に地域からの提案を反映させるなど、救急医療、観光、地域活性化、企業立地、安全・安心の確保など地域にもたらされるさまざまな成果についても、総合的に評価する仕組みを導入している。さらに、今後取り組む重点的な政策課題として「活力」「安全」「暮らし・環境」「既存ストックの効率的活用」という四つの分野で以下に示すような政策課題を示し、投資の重点化の基本的方向を示している。すなわち、(1)地域経済や社会の競争力や活力を維持・強化するために、(a)基幹ネットワークの整備、(b)生活幹線道路ネットワークの形成、(c)慢性的な渋滞への対策、(2)道路交通環境や地域社会の安全性を向上するために、(a)交通安全の向上、(b)防災・減災対策、(3)少子高齢化が進展するなか、安心して暮らせる地域社会を形成するために、(a)生活環境の向上、(b)道路環境対策、(c)地球温暖化対策、(4)既存ストックの効率的な活用を図るために、(a)安全・安心で計画的な道路管理、(b)既存高速道路ネットワークの有効活用・機能強化、という政策課題に対して具体的な道路施策を示している。[小林潔司]

種類と構造

一般に道路といわれているものは一般公衆の通行の用に供される施設をさしており、道路法に基づく道路のほかに、いわゆる私道、林道、農道、あるいは道路運送法に基づいて運営されている一般自動車道なども含まれている。しかし、日本の基本的な道路網を形成しているものは道路法に基づく道路であり、(1)高速自動車国道、(2)一般国道、(3)都道府県道、(4)市町村道の4種類をさし、トンネル、橋、渡船施設、道路用エレベーターなどの道路と一体となってその効用を果たす施設または工作物、および道路の付属物でその道路に付属して設置されているものを含んでいる。高速自動車国道は、自動車の高速交通の用に供する道路で、全国的な自動車交通網の枢要部分を形成し、かつ政治、経済、文化上とくに重要な地域を連絡するものである。一般国道は、高速自動車国道とあわせて全国的な幹線道路網を構成し、かつ国土を縦断し、横断し、または循環して、都道府県庁所在地(北海道の支庁所在地を含む)その他政治上、経済上、または文化上とくに重要な都市を連絡するものである。市町村道は、市町村の区域内に存する道路で、市町村が認定したものである。都道府県道のうち地方的幹線道路網の枢要部分を構成し、国道あるいは主要な都道府県道を相互に連絡するものを主要地方道という。
 道路の構造は直線部と曲線部とで異なり、またトンネル部では特別な構造をもっている。道路構造の基本になる横断形状は、車道、路肩(ろかた)、中央帯(中央分離帯と側帯によって構成されている)からなり、街路ではこのほかに歩道、側溝(そっこう)が幅員中に入る。直線部には、路面排水のために中央部から路肩部に向かい1.5~2.0%の横断勾配(こうばい)がつけてある。曲線部は、自動車が遠心力を受けて横滑りしないように横断形状を片勾配にし、かつ自動車の走行上、直線部より広い車線幅を要するので、車道幅員を曲線半径に応じて拡幅する。直線部から円曲線部に入るには、ハンドル操作を円滑にするため、両者の間に緩和曲線を入れる。緩和曲線にはクロソイド曲線が多く用いられる。平面曲線部および縦断曲線部はともに見通し距離が不十分になりがちなので、走行上の安全を確保するため、線形の修正あるいは障害物の除去を行って、必要な見通し距離が得られるようにする。前記のような種々の幾何構造は、道路の設計速度を大きくするほど、走行安定上すべてゆったりした高級なものにする必要があるので、建設費が高くなる。
 道路各部の構造寸法と舗装および付属設備の設計は、道路構造令に基づいて設計速度、設計交通量、その他必要条件を満たすように行う。道路の構造設計は、まず道路中心線の平面形と縦断形の決定、安全見通し距離の確保、横断形状と交差部の細部設計、および舗装の種類と、その断面の施設設計などを行う。そのほかトンネル、橋梁(きょうりょう)、盛土(もりど)、切土(きりど)部の道路本体部、駐車場、ターミナル設備の設計や防護柵(さく)、標識、標示、信号、照明、植樹などの計画、設計が必要である。[吉川和広・小林潔司]

計画

一般の道路計画においては、(1)計画の目的および目標の設定、(2)計画を構成する諸要素および環境的諸要素の相互関連の把握、(3)いくつかの計画案の作成、(4)計画案の評価、の各過程を経て、必要に応じてフィードバックのうえ検討され、適切な計画案が採択されることになる。
 一般に道路の長期計画は、(1)道路整備の目的の明確化、(2)目標年次の設定、(3)計画の前提となる全国的・地域的構成、その他諸条件の設定、(4)道路整備の目標および課題の設定、(5)道路網の検討、(6)個々の道路計画の検討、(7)長期計画の作成と評価、という手順を経て策定される。このような道路計画の策定にあたっては、まず、道路および道路交通の現状を明らかにし、問題点を発見し、その対策を検討することから始めなければならない。道路計画のための調査項目は、施設現況調査と交通調査とに大別される。施設現況調査としては道路現況調査、橋梁・トンネルなどの構造物現況調査および法面(のりめん)現況調査などがあげられる。交通調査は、道路を利用する交通の現況や、道路交通に付随して生じる交通問題の実態を把握するために行うもので、交通量調査、起終点調査(OD調査)、走行速度調査、交通事故調査、交通騒音調査、車両重量調査、自動車経路調査、交通意識調査などが実施されている。このうち組織的に行われている交通量調査としては、全国道路交通センサス、交通量常時観測調査、交差点交通量調査がある。また起終点調査は、自動車の運行(トリップ)ごとの出発地、目的地、運行目的、積載品目などを知ることにより自動車交通の質的内容を把握することを目的としている。
 道路整備を秩序あるプログラムのもとに効果的、効率的に遂行するためには、大都市圏、地方圏、あるいはその周辺を一体とした地域などについて、総合的な地域計画の一環として、広域的な観点から道路網全体としての将来の道路交通需要を的確に把握することが必要である。このための基礎資料を収集する目的で、人口・経済および土地利用調査、経済調査、交通現況調査(パーソントリップ調査、物資流動調査、道路交通センサス)などが実施される。次に、これらの諸調査によって得られたデータを用いて将来の交通量を推計する段階になるが、現在ではOD表に基礎を置いた総合的推定法が用いられている。この推計モデルは、OD調査、発生交通量の推定、分布交通量の推定および交通量の配分の4段階からなっている。
 道路の路線計画においては、道路の路線位置および構造の設定にあたり、工学的判断のみならず行政的判断も含まれる点に留意する必要がある。それは、道路が一般公共の用に供される施設であると同時に、国土・地域・都市計画などと一体的に計画されなければならない関係にあり、さらに道路の利用が直接間接に社会活動に大きく影響するからである。計画道路の路線選定とは、考えうるいくつかの比較路線を設定し、概略設計のうえ、地形、地質、土地利用との関係などにより優劣判定を行って路線の位置と概略の構造を定めることで、おおむね次のような手順で行われる。
(1)計画の基本条件の設定 現在の交通状況の問題点、計画の策定を必要とする具体的な土地利用などの周辺条件を整理し、計画すべき道路の性格、計画交通量、構造規格などの基本条件を設定する。
(2)比較路線の設定 航空写真または地形図を用いて、考えうるいくつかの路線を描き、平面、縦横断の予備設計を行う。
(3)路線調査 路線に沿った全般的な地質・土質・気象条件、地下水などの調査を行う。
(4)重要構造物等調査 トンネル、長大あるいは特殊基礎の橋梁などの重要構造物が計画路線のなかに予想される場合には、その部分の地形、地質などについての精度をあげた調査を行い、必要に応じて概略の構造を検討する。
(5)関連する計画、事業などとの調整 計画路線の配置と土地利用のバランスを調査し、建設の際に関連してくる他の事業計画との調整などを行う。
(6)比較路線の評価と計画路線の選定 以上の各調査をあわせて、比較代替案ごとに建設費(必要に応じて維持管理費あるいは費用便益を考慮に入れる)と、その各計画路線の配置と利用上の適合性との関係、および投入しうる財源などを含めた総合判定を行う。[吉川和広・小林潔司]

設計

道路各部の構造寸法と舗装、付属設備の設計は、道路構造令(1970)に準拠して設計車両、設計速度、設計交通量、設計容量の基準値に基づいて行う。一般に設計基準に示されている構造規格は多くの場合に地方部と都市部を分け、地方部においては地形に応じて平地部、丘陵部、山地部に区別して規定を定めている。道路構造令では高速自動車国道および自動車専用道路とその他の道路とに大きく二分し、それぞれ地方部と都市部に応じて、前者を第1種と第2種に、後者を第3種と第4種に区分し、地方部の道路はさらに平地部と山地部に分け、おのおのの計画交通量あるいは沿道地区の状況に応じて第1級から第5級までの構造規格を規定している。道路設計の際の設計速度は同じく道路構造令に規定されている。道路の見通し距離、幅員、曲線部や勾配部の構造などはこの設計速度に基づいて決定される。交通量の多い、あるいは将来交通量の急激な増加が予想される道路および街路においては、設計交通量にあわせるよう道路の設計容量を決定することがきわめて重要となっている。道路の容量は、道路幅、見通し距離、車種および混合度、走行速度などの諸条件によって大きく変化する。交差点における容量はその前後における接続道路の容量に比べて著しく低くなるから、とくに合理的な設計が必要である。
 道路の幾何学的寸法を設計するにあたって、自動車の走行を安全かつ快適ならしめるよう道路の中心線形、横断形状を決定し、勾配部や曲線部あるいは交差部の設計を行うことが必要である。まず道路交通の安全を保ち容量を低下させないようにするため、十分安全な距離を前方に見通しうることが必要である。この見通し距離は道路構造令によって規定されている。中心線の形は、地形によく順応し、風景と調和し、なるべく緩やかに変化させ、急な変化を避けるとともに、単調な長い直線区間もまた好ましくないので避けるようにする。道路の横断形状は、車道路面、路肩、排水側溝、切取法面あるいは盛土法面などからなっている。車道路面は普通2車線以上とし、交通量に応じて適当な幅をもち、重い自動車が高速で走ることができるように堅く平らな路面工または舗装が施されていて、降った雨水を排除するため1.5~6.0%の横断勾配をつけておくことが必要である。道路が互いに交差する所では、一般に交通量が少ないときはごく普通の平面交差とし、交通量が多くなると信号をつけて交通制御をする。さらに交通量の多い交差部は立体交差とする。そのほか、橋梁、トンネルなどの付帯施設、駐車場、ターミナル施設、ガードレール、沿道の整備、標識、区画線、信号、照明、植樹などの設計があり、膨大な一連の作業を必要とする。
 また、近年自然・環境破壊問題が注目されるなか、自然景観の保護、自然景観との調和、道路景観の造成、交通公害の緩和、道路および休憩施設などの機能の向上、都市美の造成、災害の防止などを図るため、景観設計の重要性が認識されるようになってきている。平面線形の視覚的連続性、法面の形状(ラウンディング、グレーディング)など道路景観設計の際に現れてくる問題は大別して、道路の線形、土工形状、植栽、周辺の地形・地物に関連したこととして分類される。問題は、たとえば土工形状と植栽との間の調和関係という形で現れてくる。このような相互関係にも道路設計の際に留意しなければならない。[吉川和広・小林潔司]
 さらに、近年では道路財源が減少するなかで、道路整備で効果を早くあげ、整備コストの縮減などを図るために、従来の全国統一の規格に加え、道路規格の緩和や地域の実情に応じた適切な構造とするローカルルールの導入が可能となった。たとえば、中山間地では、大型自動車同士のすれ違いが不可能な狭隘(きょうあい)道路が残されているが、ところどころに待避所を設けたり、見通しの悪いカーブの部分だけ(カーブの内側に)道幅を広げて向こう側が見えやすくしたりする道路改良工事を1.5車線化とよび、低予算で施行できるとして地方で注目されている。[小林潔司]

エコロード

エコロードeco road(ecological roadの略で、和製英語)とは、生き物の生活とその環境を大切にした道および道づくりのことである。道路が建設されると、そこに生息している生態系はさまざまな影響を受ける。道路建設によって、動植物の生息環境が消失し、移動ルートが分断されることにより、さまざまな問題が発生している。移動分断の影響として、道路上で発生するタヌキやノウサギなどの野生動物の死亡事故(ロードキルroad kill)は、国内の高速道路上で年間3万5000件発生している(2006年現在)。大型動物との接触によりドライバーが死傷する事故も起こっている。絶滅が危惧(きぐ)される稀少(きしょう)動物(たとえば、イリオモテヤマネコ)にとって交通事故は深刻な問題となっている。植物の花粉や種子の移動ルートが道路によって分断されることにより、植物の遺伝情報の伝達が途絶える危険性もある。動物の通婚圏の分断が劣勢遺伝を助長するといった事例も生まれている。
 エコロードの歴史はドイツに始まる。道路技師アルウィン・ザイフェルトAlwin Seifert(1890―1972)はアウトバーンの道路植栽を景観保全と環境保護の立場から推進し、その結果は1960年の道路緑化指針としてとりまとめられた。さらに、ドイツでは1970年代末に生き物の生息環境を保全するための設計指針や設計要領がマニュアル化された。日本では、1980年代に入ってエコロードのあり方が意識されるようになった。その最初の試みとして、日光国立公園のなかを通る日光宇都宮道路の建設にあたり、道路の下に動物が横断できるトンネルがつくられた。このトンネルにより「獣道(けものみち)」が確保され、表土保全した法面(のりめん)に植栽して森林が復元された。その後各地でも、道づくりの計画段階から周辺の自然環境の調査を行い、そこに生息している野生動植物との調和を図りながら道路整備を進めていくという方式がとられている。このような方式は保護・保全型のエコロードであり、自然が豊かな地域や里山(さとやま)などの身近な自然が残されている地域に適用される。さらに、道路・法面・環境施設帯・サービス施設等の道路用地を活用して、動植物の生息環境を積極的に創り出す試みも行われている。都市内や都市周辺などの自然が少ない地域において生態環境を復元することを目的とするものは「エコアップeco‐up」ともよばれる。[小林潔司]

施工

道路工事の計画設計書と図面が作成され、工事に必要な資材、労務、機械、施設の量が積算され、所要の経費が見積もられて、道路工事の発注者と受注者の間で請負契約が結ばれると工事の実施に入る。着工に先だち、支障となる家屋、物件の除去や移転、用地の買収を行う。工事は以下のように進められる。
(1)土工 道路は本来自然の地表面に沿って設けられる細長い構造物で、人や自動車の通行に適する線形と勾配を保つため、地形に応じて地表面を削り取ったり、地表面に盛土を行って構築する。この切土、盛土を土工といい、道路工事の大部分を占めるので、平面線形、縦断線形、施工基面を適切に設計し、できるだけ土工量を少なくする。深い切土や高い盛土は施工を困難にし、将来その維持補修を困難にすることがあるので、できるだけ避けるようにする。土工では各種の大型土工機械が活躍する。その主力はブルドーザー、スクレーパー、パワーショベル、ダンプトラックであるが、盛土を締め固め安定性を高めるためにはタイヤローラー、振動ローラー、ランマーなどを用いる。地盤が軟弱で、盛土荷重のため沈下が大きいと予想される場合は、良質の土砂で置き換えたり、排水で圧密を促進するなどの対策工法をとる。切取り(切土)、盛土の斜面は、張り芝、モルタル吹き付け工、その他の被覆工を行い、崩れ落ちたり洗い流されたりしないように防護する。また舗装の基礎となる路床(ろしょう)、路盤の部分は、良質の砂利を選び、十分締め固め、かつ排水をよくする。一般に道路の破壊は直接間接に水に起因することが多いので、道路各部の排水には十分注意する。
(2)路面工および舗装 道路の路面は走行する車両の車輪荷重を直接受けるもっともたいせつな部分で、いつも平らで滑りにくく、どのような天候のときでも十分な支持力をもち、水はけがよく防水性に富んでいて、路面の下部にある路盤や路床を保護できるものでなければならない。交通量があまり多くない道路では砂利道が用いられる。しかし砂利道は、交通量が多くなると傷みやすく、維持に手間を要するので、簡易舗装にしたほうが経済的である。日本ではアスファルト乳剤を用いた浸透式マカダム工法が広く用いられる。高級舗装にはアスファルト工法とコンクリート工法とがある。いずれも高速の重交通に適する工法で、路盤から表層にわたって厳重な設計施工をすることが要求される。[吉川和広・小林潔司]

アセットマネジメント

1980年代にアメリカでは、不十分な維持補修が原因となり、道路施設の急速な老朽化と荒廃が問題化した。いわゆる「荒廃するアメリカ」である。道路施設は予防的な維持補修により長寿命化が可能となり、結果としてライフサイクル費用を節約できる。ライフサイクル費用とは、施設が建設され、それが廃棄されるまでに必要となるすべての費用のことを意味しており、直接的な事業費用だけでなく、事業が終了したのちに必要となる維持・補修費用や、施設の更新や破棄に必要な費用も含む。逆に、維持補修を先送りすれば、将来世代が膨大な維持補修費用を負担することになる。そこで、道路施設を国民のアセット(資産)として位置づけ、維持補修を計画的に、かつ着実に実施するためにアセットマネジメントという考え方が生まれた。
 日本における道路整備はアメリカより30年遅れているといわれる。高度経済成長期に整備された道路施設がいっせいに耐用年数を迎えようとしており、道路施設の高齢化が懸念されている。2011年(平成23)には建設後50年以上経過した橋梁(きょうりょう)数が2001年時点の約4倍、2021年には約17倍に達するという試算も報告されており、これは荒廃するアメリカを上回るペースである。さらに、少子高齢化社会の到来による税収減少や、社会保障費用の増大により、道路整備の財源基盤がいっそう縮減することが予想される。
 道路施設の機能を維持・向上するためには、新規の道路整備のニーズにこたえつつ、既存の道路施設の維持・補修、更新をより効率的に実施していかなければならない。日本においても、2005年ごろから橋梁、舗装をはじめとする道路施設にアセットマネジメントが導入され、ライフサイクル費用を考慮した維持補修が実施されるようになった。同時に、維持・補修方法の開発やライフサイクル費用の削減を目的とした実用的なアセットマネジメント手法が開発された。これらの手法を活用して効率的な道路施設のアセットマネジメントが可能になった。2008年に策定された道路整備の「新たな中期計画」において、既存ストックの効率的な活用が重点政策として取り上げられている。しかし、維持補修に必要な財源を確保するのがむずかしく、ともすれば維持補修が先送りされているのが現状である(2011年現在)。[小林潔司]

高度情報化社会への対応

日本は、高度情報化社会に向けて大きな変革期を迎えている。このような高度情報化社会への流れのなか、新たな公共基盤施設として、光ファイバー網の整備が必要とされている。その際、高速道路から生活道路に至るまで、日本中にネットワークをもつ道路が情報搬送を担うことに対する期待はきわめて大きい。日本政府は、光ファイバー網の全国整備を支援するため、道路事業においても民間事業者の光ファイバーの収容空間(情報ボックス、電線共同溝、共同溝)の整備を推進している。
 また、自動車交通の増大や情報化の進展に伴う道路交通情報に対する需要の多様化に対応するため、本格的な高度道路交通システムIntelligent Transport Systems(ITS)の開発や実用化への動きが展開されつつある。世界各国においてITSに関する研究が活発化している。日本においても、(1)ナビゲーションの高度化、(2)自動料金収受システム、(3)安全運転の支援、(4)交通管理の最適化、(5)道路管理の効率化、(6)公共交通の支援、(7)商用車の効率化、(8)歩行者の支援、(9)緊急車両の運行支援、という九つの分野について研究開発と実用化が進められている。具体的に進展しているものとして、以下の点があげられる。
(1)運転者の負担を軽減し、安全・円滑かつ快適な道路交通環境を整備するため、最先端の情報通信技術を用いて人と車と道路を一体的なシステムとして構築するようナビゲーションの高度化が図られている。運転者に渋滞状況等の交通情報をリアルタイムで提供する道路交通情報通信システムVehicle Information & Communication System(VICS(ビックス))が、1996年(平成8)春に首都圏、東名・名神高速道路で実用化された。その後、都道府県の主要なエリア(中心都市や事前通行規制区間等)で交通渋滞、交通事故、道路工事などの道路交通情報が提供されている。
(2)1999年より千葉地区を中心とする首都圏の主要料金所で、ノンストップ自動料金収受システムElectronic Toll Collection System(ETC)のサービスが開始された。ETCとは車両に登載された送受信機と料金所のブースに設置された送受信機の間で車両の通行区間や料金に関する情報を無線通信によって交信し、料金収受員の手を介することなく自動的に通行料金の支払いを可能にするシステムである。2011年(平成23)の時点で、高速自動車国道と都市高速道路ではETC整備が完了しており、それ以外の有料道路を除いて、すべての料金所でETC無線通行またはETCカードでの支払いが可能となった。2011年5月の時点でのETC車載器搭載車台数は全国で約3400万台、ETC利用台数は全国平均で通行総台数の約87%となっている。
(3)そのほか、走行支援道路システムAdvanced Cruise‐Assist Highway System(AHS)、商用車の効率的な運行管理の支援に資するシステム、道路管理の情報化に関する研究開発などが行われている。さらに、システム間の互換性の確保や国際標準との整合を図るため、基準類の整備や国際標準化活動が進められている。[吉川和広・小林潔司]

交通安全

第二次世界大戦後増加の一途をたどってきた交通事故死者数は、1970年(昭和45)の1万6765人をピークにその後減り続け、1979年に8466人まで減少した。しかし、ふたたび増加に転じ、1990年代に入って年間約1万人前後を推移していたが、1996年(平成8)以降1万人以下に減少した。2010年(平成22)の交通事故死者は4863人で10年間連続して減少が続いている。
 しかし、65歳以上の高齢者の交通事故死亡者数は2499人であり、10年前と比較すると約1.2倍に増加している。自動車事故による負傷者数は、2005年の118万人をピークに、その後、減少に転じた。2007年9月ならびに2009年6月に施行された道路交通法の改正で罰則が強化され、飲酒による死亡事故は2000年から10年間で半減している。[吉川和広・小林潔司]
 交通事故による死傷者が増加の一途をたどっていた1960年に、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、および道路の交通に起因する障害の防止に資することを目的とする道路交通法が成立した。1966年度に「交通安全施設等整備事業に関する緊急措置法」(以下、緊急措置法)が成立し、国が一定の交通安全施設の整備について都道府県を計画的に補助する制度がスタートした。以降、2002年まで同法に基づき交通安全施設等整備事業に対する国の補助が行われ、歩道、自転車歩行者道、防護柵、道路標識などの交通安全施設の整備が進められてきた。さらに、1970年には、交通の安全に関して、国および地方公共団体、および交通安全にかかわる主体の責務を明らかにするとともに、交通安全対策の総合的かつ計画的な推進を図り、もって公共の福祉の増進に寄与することを目的として、交通安全対策基本法が制定された。2002年の社会資本整備重点計画法の成立に伴い、前記緊急措置法も「交通安全施設等整備事業の推進に関する法律」(以下、推進法)に改められ、以降は同法に基づき交通安全施設等に関する国の都道府県に対する補助が行われている。
 2003年度から推進法に基づき進められることとなった特定交通安全施設等整備事業は、計画策定の重点がそれまでの事業量(アウトプット)から成果目標(アウトカム)に変更された。2009年3月31日に閣議決定された第2次社会資本整備重点計画では、交通安全施設等整備事業のアウトカムを、「道路交通における死傷事故率を約109件/億台キロ(2007年)→約1割減の100件/億台キロ(2012年)」と設定し、それを実現するために「道路交通環境をより安全・安心なものとするため、道路の特性に応じた交通事故対策をすすめることとして、事故の発生割合の高い区間における重点的な対策、通学路における歩行空間の整備、自転車利用環境の整備等を推進する」としている。[小林潔司]

沿道環境の改善

近年の急速な自動車交通の需要増大と車両の大型化などにより大気汚染、騒音、振動などによる沿道環境の悪化が問題になっている。1995年(平成7)7月の国道43号訴訟最高裁判決では騒音による生活妨害が認定され、1998年8月の川崎道路公害訴訟の第一審判決では大気汚染による疾病などが認定された。道路環境対策は道路行政にとって大きな課題となっている。また、地球環境問題については、気候変動枠組み条約第3回締約国会議(地球温暖化防止京都会議)において、2010年(平成22)をめどとする二酸化炭素の排出削減目標が設定されたが、道路交通における排出削減目標の達成に向けた取組みが求められている。
 道路整備による環境対策としては、既成市街地に集中する自動車交通を分散し、環境改善に資するためのバイパス、環状道路などの整備のほか、環境施設帯の設置など、沿道環境に配慮した道路構造の採用、道路の緑化および良好な路面の保全などがある。また沿道における対策として、用途地域の指定など都市計画による沿道にふさわしい土地利用への誘導のほか、道路整備の一環として、一定の緩衝建築物(騒音が背後へ通り抜けないような鉄筋コンクリート造など)の建築主に対する道路管理者による建築費の一部助成などの制度化が講じられている。また、道路の沿道環境を保全するために先端技術の成果を適用することが期待されている。たとえば、騒音に関しては低騒音タイヤの開発、低騒音(排水性、多孔質弾性)舗装の開発、舗装の品質水準の維持・回復手法の研究、新型遮音壁の開発・普及が進められている。これらの先端技術を利用することにより、沿道の騒音を3~10デシベルほど低減させることが可能といわれる。
 さらに、道路沿道に休憩施設と地域振興施設が一体となった道路施設である道の駅が整備されている。道の駅は1993年から整備が始まり、2011年8月の時点で977か所が登録されている。
 2008年に制定された「新たな中期計画」においては、「幹線道路の沿道環境の早期改善を図るため、バイパス整備や交差点改良等のボトルネック対策とともに、低騒音舗装の敷設や遮音壁の設置等を推進する。また、騒音や大気質の状況が、環境基準を大幅に上回っている箇所については、関係機関と連携して、重点的な対策を推進する」ことを重点施策と位置づけている。また、京都議定書の温室効果ガス削減目標の達成を図るため、走行速度を向上するなど二酸化炭素排出量を削減する必要があり、京都議定書目標達成計画に基づき、ETCの利用促進などの高度道路交通システムIntelligent Transport Systems(ITS)の推進、高速道路の多様で弾力的な料金施策、自転車利用環境の整備、路上工事の縮減等を推進することとしている。
 道路整備のような大型プロジェクトによって引き起こされる環境破壊は、いまや国際的に深刻な社会問題として受け止められている。しかし文化の発展、社会の進歩に伴って、交通網の整備、土地利用の高度化、水資源の開発などに対する要請は今後ますます高まってくるものと考えられる。もちろん、これらの開発計画は地域環境に適合し、周辺住民の合意の得られるものでなければならない。このためには、開発計画に伴う環境アセスメントの考え方を確立するとともに、その手法の発展を図ることが必要である。アメリカでは1969年に国家環境政策法(NEPA)が制定され、人間環境の質に著しい影響を与えるおそれのある連邦政府の開発行為に対しては環境影響報告書の作成が義務づけられた。日本においても1971年(昭和46)に環境庁が設けられ、環境行政が推進されるようになった。なお、環境庁は2001年(平成13)の省庁再編に伴い、格上げされて環境省となった。
 現在、いろいろな環境項目のなかで道路計画で問題となっている項目は、地域の人々の生活環境、あるいは自然環境に関するものであり、道路のマイナス影響といわれるものが多い。一方、道路の直接効果あるいは間接効果といわれるものは、地域経済・社会ひいては国民経済・社会全般に関するもので、道路のプラスの影響と考えられるものが多い。1997年に環境影響評価法が制定され、大規模公共事業など環境に大きな影響を及ぼすおそれのある事業について、事業者が環境への影響を予測評価し、その結果に基づいて事業の悪影響を回避し、事業の内容をより環境に配慮したものに修正するための環境アセスメント手続きが定められた。こうした環境アセスメント手法としては、アメリカの環境影響報告書のように記述式による方法のほか、重ね合わせ(オーバーレイ・マッピングoverlay mapping)による方法、マトリックスmatrix(行列)による方法、評価関数を用いる方法、重要度を重みづけして評価する方法などが開発されている。[吉川和広・小林潔司]

道路事業の課題

21世紀初頭に日本は人口減少時代に入った。同時に高齢化が急速に進展していくことが予想されており、限られた投資財源をさらに効率的に活用することが求められている。道路需要に的確に対応した、より必要とされる分野に重点投資を図るため、客観性の高い道路事業評価システムを構築することが必要である。このような観点から、1998年度(平成10)より、新規事業の採択にあたっては、費用便益比を含めた評価指標を用いた総合評価を行うとともに、評価結果を公表することを政府は求めている。費用便益比とは、事業がもたらす金銭評価された便益と事業費用の比率を意味している。さらに、再評価制度を導入し、事業採択後一定期間(直轄事業等は3年間、補助事業等は5年間)が経過した時点で未着工の事業、事業採択後長期間(5年間)が経過した時点で継続中の事業等について再評価を行い、必要に応じて見直しを行うほか、事業の継続が適当と認められない場合には事業を中止することとしている。また、2003年度(平成15)より、事業完了後に、事業の効果、環境への影響等の確認を行い、必要に応じて適切な改善措置、同種事業の計画・調査のあり方等を検討する事後評価制度を導入している。
 国民の多様化した価値観や幅広い意見を道路事業に反映させるために、モニター制度の試行、社会実験、住民参加(パブリック・インボルブメントpublic involvement。略してPI)の実施など対話型道路行政の重要性が指摘されるようになってきた。とくに、社会的に大きな影響を与える可能性が高い施策の導入にあたっては、関係者・住民参加のもと、場所や期間を限定して試行、評価する社会実験が試みられている。たとえば、先進事例として、新潟県長岡市では交通需要マネジメント施策、静岡県浜松市ではトランジットモール整備を目ざした社会的実験が試みられた。トランジットモールtransit mallとは、路面電車やバスなどの公共交通機関と緊急車両のみが乗り入れ可能な、歩行者優先の空間(街路)のことである。また、行政情報の公開や国民の意見をより多く政策へ反映させるために、大規模な道路事業計画の早期段階においてルートや構造等について情報公開を行い、道路事業過程の透明化を図ることが、一般的な傾向として要請されている。地域に密着した道路事業に対して住民参加を積極的に促進する取組みが行われるようになったといえる。[小林潔司]

社会資本としての道路

国民生活における文化的価値の追求が積極化し、生活の質的充実を求める傾向が高くなっている現代では、道路の諸機能も多角的に展開されることが要請される。従来の道路機能は、社会的・経済的機能のみが重視されていたが、現在では、さらに環境的・防災的・都市空間的機能や、観光的・文化的機能が付け加わる。道路を社会資本としての機能から分類すれば、生産基盤関係、生活基盤関係および国土(または環境)保全の社会資本として区分される。しかし、現実には、いくつかの機能が混在する道路が多い。なお、道路整備によってもたらされる直接便益(走行費の節約、輸送時間の短縮、交通事故減少など)ならびに間接便益(流通経済の合理化効果、地域開発効果など)という概念は、道路の費用・便益分析の際に利用されてきたが、社会資本としての道路機能からみれば、生産基盤関係の視角に重点を置いたものである。[高橋 清]

道路網体系と生活圏

日本では、1960年代後半に入って、国土縦貫型高速道路を骨格とする全国幹線ネットワークの本格的整備が始まる。その後、2回にわたる石油ショックにもかかわらず、モータリゼーションは著しく進展した。しかし、道路交通網体系のなかで高速道路や新幹線という新交通ネットワークの整備が東京指向型で先行したため、地方生活圏は巨大都市圏に直接・間接吸引される形となった。そのため、地域特性を生かした道路整備が困難となり、地域における伝統的な生産や生活の場が失われていった。旧西ドイツの連邦幹線道路のネットワークが、高速道路を含めて、いわば多角分散的に配置されたのとは対照的である。
 すなわち、縦貫型高速道路を骨格とする全国幹線ネットワークが整備される過程で、これを補完するものとして、一般国道、主要地方道、一般府県道、さらには幹線市町村道(市町村道延長の2割)がサブ・ネットワークとして再編成された。その結果、高速道路沿線で、中枢管理機能の高い既成の大都市、府県庁所在都市、その他の地方中核都市は、交通渋滞、混雑区間(混雑度1.0以上、つまり交通量が道路交通容量を上回る状態の区間)の増大にあい、一般国道の二次改築、バイパス建設、大都市環状道路の整備が要請されてくる。
 道路現況の国際比較によれば、日本は、高速道路の実延長でドイツ、イタリア、フランスよりも劣る。しかし、道路密度(1平方キロメートル当りの道路延長)は主要国のなかで上位に位置している。なお日本の道路延長(実延長)の84.1%(2010)は市町村道である。[高橋 清]

道路行政


道路の経済学的性格
人間や貨物の移動のために用いられる交通手段は、通路、動力機、運搬具の三つの要素からなる。自動車のように動力と運搬具を一体とするものはあるが、三つのいずれを欠いても移動は実現しえない。道路はこの通路の一種である。しかし、同じ通路であっても道路は、動力機・運搬具の所有・使用者とは別の主体が建設・維持を担うという点で近代の鉄道(鉄道業は文字通りレール貸し事業として誕生した)と、また不特定多数の主体が使用するという点で港湾や空港(通路の起点・終点の部分)と異なる。そうした特性から、道路は代表的な社会資本であるとされる。
 道路は、公共経済学上、「非排除の原則」(対価を支払わない者にも利用を拒むことができない)と「非競合性の原則」(無制限に利用させても他者の利用を制約することはなく、それゆえ料金を課す必要もない)という二つの要件を条件付きながら満たすことをもって、「公共財(public goods)」としての性質を有するとみなされ、公共部門によって市場を通じない方式で供給すべきものとされる。条件付きとするのは、道路の種類によっては、料金を支払わない者の利用を排除することが可能であり、また利用に競合が生ずる場合には、料金を徴収することによって利用を調節することが必要な場合もありうるからである。この場合にあっては、道路は「私的財(private goods)」となり、市場を通ずる供給にゆだねることができる。
 道路はもともと共同体内の建物や農地など構成員の経済的・社会的・文化的諸活動が営まれる場所を相互に結ぶ共同利用のスペースであった。いわば街路(street)としての道路である。この段階では、道路は共同体が共同体のために共同体の負担で整備することで何ら問題は生じない。その後、共同体が国家などの上位の政治組織に統合される過程で道路に軍事的・政治的意義が認められ、また経済的・社会的・文化的諸活動が広域的に展開されるに伴い、主要中心地間を、また主要中心地とそれに事実上併合される近隣の地域社会との間を結ぶ、いわば街道(highway)としての機能が加わる。さらに馬車などの重量車両の出現、ついでモータリゼーションの進行によって街道や街路の新設・改築の必要が増大するようになれば、事態は決定的に変わってくる。新設・改築の事業規模は、早い段階で共同体の能力を超えるばかりでなく、整備の責任を負う者と利用する者とが分裂して両者間に利害の対立が表面化し、そのうえ利用者間にも受益の度合いに関して格差が生じる。こうして、街道的性格の道路については、国など上位の政治組織が整備に関与するとともに、租税以外にも利用者に負担を求めるなどして別に財源を確保しなければならなくなる。[伊勢田穆]
道路の種類と管理
日本の現行道路法(昭和27年法律第180号)は、一般交通の用に供する道路を、全国的幹線道路網を構成する一般国道(5万4789キロメートル)と高速自動車国道(7787キロメートル)、地方的幹線道路網たる都道府県道(12万9377キロメートル)、そして市町村区域内の市町村道(101万6058キロメートル)の4種類に区分している(高速自動車国道は2009年度末、他は同年度初時点のデータ)。このほかにも道路運送法(昭和26年法律第185号)上の、営利を目的とする私有財産としての一般自動車道(2010年度初時点で33路線323キロメートル)に加えて、農道や林道にも一般交通の用に供するものがある。
 道路法上の区別が直接的に示すのは、道路網に占める役割に対応して、国と都道府県と市町村のいずれが路線の指定(高速自動車国道と一般国道)または認定(都道府県道・市町村道)を行うかであって、かならずしも路線の管理と費用負担の主体を表さない。ここで道路の「管理」とは、道路法上の用語で、新設・改築と維持・修繕その他の管理を総称する。国道といっても国は路線を指定はするが、すべての路線を自らが管理し、その費用を全額負担するわけでない。また路線を認定する者がその管理にあたる都道府県道と市町村道にあっても、都道府県や市町村がその費用を自ら全額負担するわけではない。国が整備を促進すべきものとして「主要地方道」に指定する道路(2009年度初時点で5万7877キロメートル、ほとんどは都道府県道)に対しては、新設・改築の費用の一部を国が負担する。[伊勢田穆]

道路財政


道路整備の財源
道路の整備は、私有財産=私的財たるものを除き、国・地方とも租税収入を財源として実施してきたが、モータリゼーションの急速な進展に伴い、その事業規模が増大する一方で、受益する者と費用を負担する者との分裂も顕著になって、直接的受益者たる自動車利用者に負担が求められることになる。自動車利用者に負担させる方法としては、(1)自動車や燃料に課税する、(2)道路そのものを「私的財」として扱い、利用者から通行料を徴収する、という二つがある。
 道路整備の財源としての自動車・燃料課税は、イギリスで1909年、それまで別の目的で課せられていた自動車税に新設の燃料税を組み合わせて、自動車交通に適合した街道=都市間道路系統(highway system)を整備するための財源とすべく、「道路改良基金」(1920年から「道路基金」)に帰属させたのを嚆矢(こうし)とする。その後、自動車や燃料に課税するのは珍しくはないが、いまもそれを道路整備の財源として特定化している国は少ない。この方式の原産国であるイギリスは、まず基金に回されていた税収の3分の1を(1926)、次いで全税収を大蔵省=国庫に帰属させた(1937)。第二次世界大戦後、ドイツやフランスは一時期、一部を道路整備の財源として特定化したものの、しばらくして特定化を解除した。
 そうしたなかにあって日本は、第二次世界大戦後、特定財源方式を導入した。まず1954年(昭和29)、国の、代替エネルギーの開発効果を意図して課税していた揮発油税を、臨時的措置として、道路整備のための特定財源とした。地方の、財政補強を目的とした自動車税は一般財源にとどめられたが、揮発油税に地方道路贈与税として地方分を併課し(1955)、さらに地方税として軽油引取税を新設して地方にも特定財源を設けた(1956)。そして1958年、収支を一般会計とは別会計で処理すべく、国に道路整備特別会計を設けて特定財源制度の恒久化を図るとともに、相次ぐ新税の導入(1966年に国と地方とで折半の石油ガス税、1968年に地方に自動車取得税、1971年に国に自動車重量税――重量税は特定財源ではないが大半を道路財源に充当することを予定していた)と税率の引上げ(ほとんどの税に上乗せの暫定税率を適用した)によって財源の充実を敢行した。原産国イギリスが一般財源化に回帰したなか、輸入国日本は特定財源方式を徹底化させたのである。
 他方の通行料の徴収は、17世紀馬車時代のイギリスのターンパイク(営利事業としての道路事業)に起源をさかのぼることができる。しかし、ターンパイクが鉄道時代の到来とともに姿を消して以来、自動車時代になっても復活した事例は珍しく、自動車専用の道路であっても営利を目的としない道路につき、新設・改築の財源として通行料を徴収するのは、欧米先進諸国ではフランス、スペイン、イタリアなど少数の国に、その他の諸国では例外的な路線に限られる。アウトバーンのような高規格の道路であっても通行料収入によることなく整備・運営してきたドイツが、アウトバーンを通行する内外の大型トラックに対して、1995年から利用期間(2005年からは走行距離)に応じた通行料を徴収することになるが、これは後述の温暖化対策の一環をなすもの、道路整備財源の確保を目的とするものではない。
 日本には第二次世界大戦前にも道路運送法上の一般自動車道事業の前身をなす事業が存在したが、道路法上の道路にも税収以外の政府資金(大蔵省資金運用部資金)を導入すべく(やはり例外的・一時的措置として)指定する路線につき、それら資金の元利償還に充当する目的で通行料を徴収することを認めたうえで(1952)、政府資金に加えて民間資金の導入を可能にすべく、高速自動車国道として分類する道路につき、「管理」を担う事業体として独立法人日本道路公団を設立した(1956)。その後、高速自動車国道以外の自動車専用道路にも同種の特殊法人として首都高速道路公団(1959)、阪神高速道路公団(1962)、本州四国連絡橋公団(1970)が、そしていくつかの都市で地方道路公社が設立された。こうして日本は有料道路制度も恒久的制度としたのである。
 第二次世界大戦後の日本の道路整備は、第1次道路整備五箇年計画(1954~1958年度)から最後の新道路整備計画(1998~2002年度)まで、12次に及ぶ五箇年計画の下で進められた。2600億円の予算規模で発足した五箇年計画を倍増に次ぐ倍増、最終的には78兆円の規模に膨張させることができたのは、特定財源と有料道路の制度があってのことである。この両制度のあり方が問われる直前の第11次五箇年計画(1993~1997年度)の実績でみれば、有料道路が総投資額の約25%を占め、一般の道路では国費と地方費の合計額の約50%を、国費分では80%強を特定財源から支出することができたのである。[伊勢田穆]
道路財政の改革
道路特定財源と有料道路は、しかし、恒久的な制度となると欠陥を露呈する。まず特定財源制度は、当初は道路整備の必要の産物であったにしても、道路整備が順調に進捗(しんちょく)すれば税収は漸増する一方で、新規に着工すべき事業は漸減するから、いつしか税収を消化する必要が新規の事業を求めるようになる。資源の浪費以外の何物でもない。他方の有料道路も、路線ごとに通行料収入をもって建設のために負う有利子負債を所定の期間内に返済する見通しのたつ路線から着工すれば問題はないのだが、1972年(昭和47)10月、道路公団の管理する高速自動車国道に「全国プール制」を導入して全路線の収支を一体的に管理し、無料開放するのも全体の債務の償還が完了したときに全路線一斉に行うこととして以来、高収益路線からの収入をあてにして、そして新規路線がネットワークに加わると償還期間は先に延びる仕組みになったので、公団ひいては政府は債務の償還を新規路線建設の直接・固有の制約条件として意識することなく、ひたすらネットワークの拡大に励むことになる。無料化の「社会実験」のとき以外は予定した通行量にほど遠い路線はこうして出現するのである。やはり資源の浪費である。二つの制度がもたらす資源の浪費は、2001年(平成13)に誕生した小泉政権の「聖域なき構造改革」の主要なターゲットとされることになる。
 まず特定財源制度が「財政改革プログラム」における抜本的見直しの対象に指定された。しかし、その抜本的見直しは道路関係の官界・政界・業界からの執拗(しつよう)な抵抗にあって難航、小泉政権下で実現したのは、道路整備五箇年計画を2002年度をもって廃止して港湾、空港、下水道、公園などの事業を統括する社会資本重点計画に統合、道路整備特別会計を社会資本整備特別会計中の道路整備勘定に移したことのみ。これでは関係諸税の使途に若干の融通性をもたせたにすぎず、制度の抜本的見直しにはほど遠い。しかしそれも2009年度(平成21)から関係諸税のすべてを一般財源とし、また2012年度末をもって社会資本整備特別会計を廃止することで一応の決着をみた。だが、関係者は関係諸税の課税と支出に影響力を行使し続けるので、それが実際に一般財源として機能するか、行方は定かではない。
 他方の有料道路制度は、その制度そのものではなくて、その管理を担う道路関係四公団を、「国からの財政支出が大きく、国民の関心の高い」として、改革を要する特殊法人に指定し、道路関係四公団民営化推進委員会に具体案の提言を委嘱した。しかしこの委員会では、四公団を承継する事業体に対する国の関与のあり方という基本的な点をめぐって激しく意見が対立、民営化の理念(国民の負うことになる債務をできるだけ少なくすべく、必要性の乏しい道路はつくらない)を対した意見書を多数決で採択し総理大臣に提出したかと思えば、法案化のための政府・与党協議の場でこの意見書が骨抜きにされるという、異例の展開をみせた。こうした経緯を経て決定された民営化の内容は、日本道路公団のケースでいえば下記のとおりである。
(1)日本道路公団を廃止して、東日本高速道路株式会社・中日本高速道路会社・西日本高速道路株式会社の三つの特殊会社(以下「会社」)と、独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構(同じく「機構」)を設立する(いずれも2005年10月に発足)。
(2)会社は機構から道路資産を借り受けて既設道路を管理し、料金を徴収するとともに、自ら調達する資金で新規路線を建設する(完成後、道路資産と債務は機構に帰属する)。
(3)機構は道路資産を保有して会社に貸し付け、貸付料収入で債務を返済することとし、45年以内に返済を完了して解散する(資産は国に帰属、無料化する)
(4)機構が会社に貸し付ける資産の内容とその期間・料金ならびに会社が行う管理のうち路線の新設・改築・修繕については、機構と会社とで協定を締結したうえで決定する。
(5)国は、会社に対して、政府が総株主の議決権の3分の1以上を保有するとともに、代表取締役の選任を国土交通大臣の認可事項とし、会社と機構に対して、両者間の協定ならびに両者の長期借入と起債を国土交通大臣の認可事項とする一方で、会社と機構に対して、当分の間その資金調達に政府保証を与え、また機構に対して、政府による出資(機構はこの資金で会社に無利子で貸し付ける)と災害復旧補助を行うことができる。
 それでは、こうしたいささか複雑な仕組みによって所期の目的を達成できるのか、疑問を禁じえない。まず、建設した道路資産とその建設のために負う債務は完成後機構に帰属するとあっては、会社に不必要な道路をつくらないというインセンティブ(誘因)は働かない。それどころか、政府は会社に直接に、あるいは機構を通じて、資金の調達に便宜を図ることになっており、これが会社に積極的な投資を誘導する。機構が会社による安易な投資をチェックするようにしてあればよいのだが、そうはなっていない。機構に真に期待されているのは会社による路線の建設を促進すること、だから建設によって会社に発生する債務の返済は機構で引き受けるのである。こうして機構が返済義務を負う債務は必然的に累積することになるが、全債務の返済期限は機構発足後45年、「独立行政法人」の首脳陣が個別の案件ごとの債務の増大を真剣に意識するとは、とうてい考えられない。総じて、内実からすれば高速道路管理受託株式会社でしかないこの会社にせいぜい期待できるのは、所定の事業のコストを引き下げることだけである。[伊勢田穆]
外部不経済の問題
道路は自動車のもつ能力を最大限に発揮させる反面、その上を走行する自動車の数量が一定の限度を超えると望ましくない現象を発生させる。沿線の居住者には騒音、振動、大気汚染などの道路公害をもたらし、また利用者相互間では他の利用者の正常な走行を阻害し、さらには国境を超えて地球温暖化に大きく寄与する。このような効果=作用を「外部不経済」、それが社会にもたらす被害・損失を「社会的費用」という。こうした事態が生じると、国や地方自治体が道路の低騒音舗装、遮音壁や環境施設帯などの設置、さらには環状・バイパス道路の整備を、その一般財源を投じて実施してきたのだが、過剰な走行量の原因が利用者による外部不経済や社会的費用に対する不払いにあるとの認識から、自動車の走行そのものに対し外部不経済相当額を課税し、その税収を社会的費用防止対策に充当すべきであるとする主張が生まれる。イギリスが1909年に導入した道路改良基金をもって道路の新設より先に、既存の道路を自動車の走行に適合させるための工事(具体的には自動車が巻き起こす埃(ほこり)を防除するための舗装工事)を実施したとき、そのような主張を先取りしていた。
 そのイギリスで、道路改良基金を道路基金と名を改め、その資金を道路の新設・改築全般に充当するとしたとき、外部不経済・社会的費用を内部化するための課税という側面を後退させた。そして、ほどなくして基金の収入は道路整備の必要を恒常的に超過するに至る。このとき、特定財源方式の理念からすれば、関係諸税を減額・撤廃してしかるべきところ、当時の政府は自動車・燃料課税は維持して、他の財政需要に充当するとして一般財源に戻した。道路基金の一部を大蔵省に移管することによって一般財源化の途を開いたとき、時の大蔵大臣ウィンストン・チャーチルは道路交通の発展から鉄道を守る必要によって正当化した。これは鉄道と自動車との命運を分けるものとして両者間における外部不経済の扱いをめぐる不平等にみて、自動車交通に対する課税とそれを財源とする鉄道補助政策の正当性を主張したとみなすことができる。
 1990年代に入って、自動車交通の外部不経済として、地球温暖化への関与が浮上してきた。自動車走行は化石燃料を燃焼することによって温室効果ガスとして作用する二酸化炭素(CO2)を大量に、しかもその燃焼に何らの負担を負わないため過大に、排出するという問題であって、環境意識の強い西ヨーロッパ諸国において、それに対する自然な対策=外部不経済の内部化策として燃料課税が活用された。1990年代の初めにフィンランドやスウェーデンほかの北欧諸国とイギリスなど関係諸税を一般財源としていた国が先頭を切り、同年代の終りには道路や公共交通の整備のための財源としていたドイツやフランスなどもそれに続いた。制度の内容は国によって違いはあるが、既存のエネルギー課税を改編して温暖化対策のための課税を分離・新設し、その税率は温室効果ガスの削減目標を考慮してそれぞれの燃料の炭素含有量などに応じて定め、また税率も必要に応じて随時引き上げる余地を設けるという点で共通している。しかし、同じ先進国であってもアメリカと日本には、自動車用燃料に対する課税にこのような環境政策上の観点はなかったが、日本は2012年(平成24)10月から全化石燃料を対象に上乗せ税率を課すことによってその観点の導入に第一歩を踏み出した。[伊勢田穆]
ロード・プライシングの構想
道路が関係する外部不経済は、地球温暖化を別として、局地的現象である。したがって、外部不経済の防止を目的とする課税のうち、とくに混雑を防止するための課税は、自動車の走行全般に対してではなく、特定の道路の特定の時間帯における走行に対してなされるべきである。こうした認識から、ロード・プライシング(road pricing)または混雑課金(congestion charging)と称される構想が提起された。これは経済理論上の思考の産物であったが、イギリスでは運輸省に設けられた研究班が1964年に提出した報告書(スミード・レポート)、Road Pricing: The Economic and Technical Possibilitiesにおいて、この構想が実際にも適用できるとして、次のような方式を提言した。すなわち、混雑の生じている道路に入ろうとする利用者に、混雑の度合いに応じて変動する料金を車内のメーターまたは車外の信号機などに表示する。そして、それでも通行する利用者には、表示された料金を支払うことに同意したとみなし、料金をメーターに記録して後日まとめて請求するというものである。
 このような構想は、料金を混雑度に応じて区域・区間と時間帯で変動させ、それをそのつど利用者に表示し、料金を徴収するには、複雑で高価な機器を車両や道路に装備・設置しなければならないので、本格的なものとしては長らく日の目をみることはなかった。しかし、平日の特定時間帯に所定の区域・区間に流入する車両に一律に課金するといった簡便な方式であれば、新たな機器・設備なしに実施でき、混雑度に応じて料金に格差を設けることはできないものの、全体的な混雑度の引下げを図ることができる。そこで、1975年、都市国家シンガポールが都心部とそれを結ぶ高速道路にこの方式を導入したが、ベルゲン(1986)、オスロ(1990)、トロンへイム(1991)のノルウェー3都市までで、それに続く都市は現れなかった。しかもノルウェー3都市が目的としたのは、高規格道路を中心とするインフラストラクチャー整備の推進にあって、通行料制度の新たな展開とみなすべきものであるが、そのなかでも混雑対策をも意識していたトロンへイムは、昼間時間帯には割引料金を適用し、課金を電子化するなどして本格的なロード・プライシング=混雑課金制度への途を開いた。そうした展開を受けて、シンガポールは1998年、従来のマニュアル方式を全面的に電子化し、時間帯別に料金を設定し、車内に搭載する機器に表示・課金する方式に進化させた。
 こうしてロード・プライシング構想に対する技術面の障害は除かれるのだが、世界の主要都市でこれを導入するのは、当時の市長ケン・リビングストンKen Livingstone(1945― )の強力なイニシアティブの下でのロンドン(2003年、セントラル・ロンドン22平方キロメートル、ただし料金は対象時間帯一律)と、世界でも唯一住民投票で同意を得たストックホルム(2007年、中心部35平方キロメートル、時間帯別料金を導入)に限られる。イギリスではマンチェスターなどの諸都市が圧倒的多数で、スウェーデンでは他の諸都市は小差で、いずれも住民投票で否決された。ニューヨーク市では2007年の市長提案を州議会が付議せず葬り去った(州議会の議決は連邦政府による補助金交付の条件であった)。さらにロンドンでも2007年、リビングストンは対象区域を西側エリア(17平方キロメートル)に拡大したが、翌年の市長選挙で対抗馬ボリス・ジョンソンBoris Johnson(1964― )がその拡大の撤回を公約の一つに掲げて当選した結果、対象区域は元のセントラル・ロンドンに縮小された。こうした事実は、自動車の利用者が多数を占める大都市においてロード・プライシング=混雑課金構想の実施に住民の支持を得ることのむずかしさを物語るものである。自動車にかわる公共交通の充実と地元中小商工業者を納得させるような対策を用意することが導入のための不可欠の条件となろう。[伊勢田穆]
『佐々木恒一著『道路の経済効果と投資基準』(1965・技術書院) ▽高橋清著『道路の経済学』(1967・東洋経済新報社) ▽松尾新一郎編『道路工学』(1971・山海堂) ▽米谷栄二・内海達雄著『地域および都市計画』(1972・コロナ社) ▽土木学会編『土木工学ハンドブック 下巻』(1974・技報堂出版) ▽吉川和広著『地域計画の手順と手法』(1978・森北出版) ▽吉川和広著『土木プラニングのすすめ』(1985・技報堂出版) ▽中西健一・廣岡治哉編著『日本の交通問題』第3版(1980・ミネルヴァ書房) ▽(社)日本道路協会編・刊『道路環境整備マニュアル』(1989) ▽D・スターキー著、UTP研究会訳『高速道路とクルマ社会』(1991・学芸出版社) ▽道路法令研究会編著『道路法解説』(1994・大成出版会) ▽金本良嗣・山内弘隆編著『講座・公的規制と産業4 交通』(1995・NTT出版) ▽亀山章編『エコロード――生き物にやさしい道づくり』(1997・ソフトサイエンス社) ▽建設省道路局・都市局編・刊『新道路整備五箇年計画』(1998) ▽小林潔司、オーケ・E・アンダーソン著『創造性と大都市の将来』(1999・森北出版) ▽小林潔司編著『知識社会と都市の発展』(1999・森北出版) ▽森地茂・川嶋弘尚・奥野卓司著『ITSとは何か』(2000・岩波書店) ▽山田浩之編『交通混雑の経済分析』(2001・勁草書房) ▽古代交通研究会編『日本古代道路事典』(2004・八木書店) ▽上岡直見著『市民のための道路学』(2004・緑風出版) ▽姫野賢治・赤木寛一・武市靖・竹内康・村井貞規著『道路工学』(2005・理工図書) ▽關哲雄・庭田文近編著『ロード・プライシング――理論と政策』(2007・勁草書房) ▽川嶋弘尚監修、日経コンストラクション編『ITS新時代――スマートウェイがつくる世界最先端の道路交通社会』(2007・日経BP社、日経BP出版センター発売) ▽近江俊秀著『道路誕生――考古学からみた道づくり』(2008・青木書店) ▽武藤博己著『行政学叢書 道路行政』(2008・東京大学出版会) ▽国土交通省道路局監修『道路統計年報』各年版(全国道路利用者会議) ▽道路法令研究会編『道路法令総覧』各年版(ぎょうせい)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の道路の言及

【土木技術】より


[土木工学の誕生]
 土木技術は,技術が一般にそうであるように経験を非常に重んじてきたが,近世以降その理論面も逐次整備され,土木工学として体系化されるようになった。その背景には,築城術,軍用道路の建設など,近世国家の重要な基盤であった軍事技術のかなりの部分が土木技術に負うところが大きかったことがあげられる。フランスでは工兵士官養成や軍事技術の研究のために1747年土木工学校が,さらに,94年にはエコール・ポリテクニクが創立され,土木技術の組織的な教育が始まった。…

※「道路」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

エンゲルの法則

家計の総消費支出に占める飲食費の割合 (エンゲル係数 Engel coefficientと呼ぶ) は,所得水準が高く,したがって総消費支出が大きいほど低下するというもの。エンゲル係数は国民の消費生活面...

続きを読む

コトバンク for iPhone

道路の関連情報