軽里大塚古墳(読み)かるさとおおつかこふん

国指定史跡ガイド 「軽里大塚古墳」の解説

かるさとおおつかこふん【軽里大塚古墳】


大阪府羽曳野(はびきの)市にある古墳。前の山古墳ともいう。古市(ふるいち)古墳群の南部、墓山古墳の南に位置する前方後円墳で、宮内庁によって日本武尊白鳥陵(やまとたけるのみことしらとりのみささぎ)に治定(じじょう)されている。墳丘長約190m、後円部径約106m、高さ約20m、前方部幅約165m、高さ約23mで、墳丘は3段築成で前方部を西に向け、周囲には幅約35mの周濠と幅約21mの堤がめぐらされている。埋葬施設や副葬品については不明であるが、1981年(昭和56)の発掘調査で円筒埴輪(はにわ)などが確認されており、前方部の幅が大きな墳形から、市ノ山古墳とほぼ同時期の5世紀後半の築造と考えられている。近畿日本鉄道南大阪線古市駅から徒歩約10分。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報

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