輪湖俊午郎(読み)ワコ シュンゴロウ

20世紀日本人名事典 「輪湖俊午郎」の解説

輪湖 俊午郎
ワコ シュンゴロウ

明治〜昭和期の移民事業家



生年
明治23(1890)年6月28日

没年
昭和40(1965)年9月8日

出生地
長野県南安曇郡梓村(現・梓川村)

学歴〔年〕
松本中学中退

経歴
16歳の時に松本中学を中退して抗日運動最中にあったアメリカに渡る。大正2年ブラジルに転じて新聞業に携わり、「日伯新聞」や「ブラジル時報」の経営参画。また、ブラジルの紹介と移民招致のためにたびたび帰国し、8年には郷里長野県内から移住した120家族とともにレジストロ入植地を建設した。11年には今井五介らとともに信濃海外協会を設立。13年ブラジルのアリアンサに移住地を獲得し、以後はその基礎固めに尽くした。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「輪湖俊午郎」の解説

輪湖俊午郎 わこ-しゅんごろう

1890-1965 明治-昭和時代の移民事業家。
明治23年6月28日生まれ。39年郷里長野県の松本中学(現松本深志高)を中退し渡米。大正2年ブラジルにわたり,日伯新聞を経営。たびたび帰国し移民誘致に力をそそぎ,11年信濃(しなの)海外協会の創設にくわわる。この前後,8年レジストロ移住地,13年アリアンサ移住地の建設に尽力した。昭和40年9月8日死去。75歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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