込ノ上村(読み)こみのうえむら

日本歴史地名大系 「込ノ上村」の解説

込ノ上村
こみのうえむら

[現在地名]十津川村大字込之上こみのうえ

十津川筋、猿飼さるかい村の上流立地十津川郷のうち。元禄郷帳に初めて村名がみえる。村高二・九四四石、幕府領。安政四年(一八五七)の産物取調帳(十津川宝蔵文書)に杉角尺〆一五本、檜角尺〆一〇本、杉板五〇間、椶櫚皮三〇〇枚、割菜六〇貫目、茶六〇貫目、楮六〇貫、煙草一八貫目とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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