日本歴史地名大系 「近木之町」の解説 近木之町こぎのちよう 大阪府:貝塚市貝塚寺内近木之町[現在地名]貝塚市近木(こぎ)・南(みなみ)町貝塚寺内の町区画の一。紀州街道より東側の二区画のうちの南半部で、北は中之町、西は南之町・西之町。嘉永三年(一八五〇)の人数三三二人、同年貝塚御坊の粥施行にあたって申出た家九軒・二五人(同年「御執次方日録」卜半家文書)、明治二年(一八六九)の家数六二軒・人数二四一人(「明治二年日記」同文書)で、五町のなかでは最も小規模な町であった。安政六年(一八五九)願泉(がんせん)寺で執り行われた親鸞上人六百回忌法要への寄付者名簿(卜半家文書)をみると、近木之町では一三名が登載されているが、そのうち三名は「かじや」、二名は「鉄屋」の屋号をもっている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by