道頓堀徳寿町(読み)どうとんぼりとくじゆちよう

日本歴史地名大系 「道頓堀徳寿町」の解説

道頓堀徳寿町
どうとんぼりとくじゆちよう

[現在地名]西区南堀江みなみほりえ二丁目

単に徳寿町ともいう。新難波中之しんなんばなかの町の西に続く町で、南は道頓堀川に面する。元和元年(一六一五)の道頓堀川開削によって形成された町。明暦元年(一六五五)の大坂三郷町絵図には平野徳寿ひらのとくじゆ町とあり、元禄一一年(一六九八)の堀江新地開発の頃改称され、元禄年間の大坂三郷町絵図には徳寿町と記される。町名は開発町人として著名な平野徳寿に由来するものであろう。大坂三郷南組に属し、同一三年の三郷水帳寄帳では道頓堀徳寿町として屋敷数三・役数五役で、年寄上難波かみなんば(現東区)の檜皮屋孫兵衛の兼帯。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む