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遠藤七郎 えんどう しちろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

遠藤七郎 えんどう-しちろう

1839-1892 幕末の尊攘(そんじょう)運動家。
天保(てんぽう)10年生まれ。越後(えちご)蒲原郡(かんばらぐん)下興野新田(しもごうやしんでん)(新潟県豊栄(とよさか)市)の名主。戊辰(ぼしん)戦争の際,北辰隊を組織し,新政府軍の奥平謙輔にしたがい東北を転戦。その功によって終身5人扶持と一代名字帯刀をゆるされた。明治25年1月6日死去。54歳。名は昭忠。字(あざな)は子明。号は愛山,甘雨など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

遠藤七郎

没年:明治25.1.6(1892)
生年:天保10(1839)
幕末維新期の草莽の志士。越後国蒲原郡葛塚村(新潟県豊栄市)の代々庄屋の子。名は昭忠,字は子明,号は愛山,甘雨,睡虎など。大塩平八郎に私淑して陽明学を修め,天下に対して気概を持つ。明治1(1868)年の戊辰戦争では,近郷の農民有志を組織して北辰隊を結成,自ら隊長となり政府軍に協力した。また長州軍参謀奥平謙輔に従って東北地方を転戦,次いで佐渡の守衛に当たる。その功により終身5人扶持と一代苗字帯刀を許された。同3年2月東京で,北辰隊を含む第3遊軍隊が組織されこれに属したが,同年9月に解散を命ぜられて帰郷。開化の風潮と相容れず,家産も失って晩年は不遇に終わった。

(高木俊輔)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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