郎可五豆郷(読み)なかうとごう

日本歴史地名大系 「郎可五豆郷」の解説

郎可五豆郷
なかうとごう

中世にみえる壱岐の郷。「海東諸国紀」に壱岐七郷の一つとして郎可五豆郷とみえ、呼子氏・鴨打氏の分治するところで、それぞれ代官を置いていると記される。比定地は鯨伏いさふしかとする見解(長崎県史)、あるいは長宇土なごうととみる説(壱岐国史)がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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