部田見村(読み)へたみむら

日本歴史地名大系 「部田見村」の解説

部田見村
へたみむら

[現在地名]天水町部田見

北境を尾田おた川が西流し、唐人とうじん川に合して西南境を南流する。東は尾田村・立花たちばな村、南は立花村と接する。近世は小田手永に属する。寛文九年(一六六九)の「一統志」に村名がみえる。元禄国絵図には「伊倉南方之内部田見村」と記され、伊倉南方いくらみなみがた(現玉名市)からの分村である。宝暦八年(一七五八)の下ケ名寄帳によると惣畝数五八町二反余、高六七一石五斗余。明治一一年(一八七八)頃の戸数一五七・人数八五二、牛馬一四五、日本型船一一(五〇石未満漁舟)矢萩やはぎ溝などを用水とする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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