酒見城跡(読み)さけみじようあと

日本歴史地名大系 「酒見城跡」の解説

酒見城跡
さけみじようあと

[現在地名]大川市酒見

上城内かみしろうち・字下城内にある。南北朝内乱期には室町幕府方としてみえる。応安五年(一三七二)九州探題今川了俊は征西府を攻略すべく、弟今川頼泰を筑後に派遣した。頼泰の軍勢三潴みづま郡から山門やまと郡一帯に布陣した。同年七月一〇日に酒見城を構え、山名某を部将として深堀時広・深堀時縄・式見兼綱らが守備し、八月四日に南朝方の菊池武安の軍勢が攻め寄せ、日々合戦が行われた(同年一二月日「深堀時広軍忠状」深堀文書/南北朝遺文(九州編)五など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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