里山田村(読み)さとやまだむら

日本歴史地名大系 「里山田村」の解説

里山田村
さとやまだむら

[現在地名]矢掛町里山田

江良(えら)村の東、東流する小田川の右岸に位置する。池尻(いけじり)・橋本(はしもと)などの古墳群があり、古代小田郡草壁(くさかべ)郷(和名抄)の郷域とされる。このうち橋本の荒神塚(こうじんづか)古墳の玄室奥壁には石棚がある。和歌山県で多くみられる形態だが、県下では数少ない。永禄(一五五八―七〇)頃と推定される洞松(とうしよう)寺の寺領帳に、山田分として田二反・定納米九斗余とある。検討の余地は残るが「小田郡誌」に収める天正三年(一五七五)一二月一八日の毛利輝元宛行状に山田領家分(三五〇貫)・山田地頭分(三五〇貫)がみえる。

寛永備中国絵図に村名がみえ、松山藩領(高九六三石余)・旗本宮城領(高九六石余)・旗本花房領(高七一石余)・旗本毛利領(高六五石余)の相給。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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