重兼村(読み)しげかねむら

日本歴史地名大系 「重兼村」の解説

重兼村
しげかねむら

[現在地名]東広島市高屋(たかや)町重兼

白鳥(しらとり)山東方にそびえる馬(うま)ヶ背(せ)(四五五・九メートル)から東北流して入野(にゆうの)川に注ぐ重兼川の河谷を村域とする。この谷は奥で西の溝口(みぞぐち)村につながる。谷の中央に土居(どい)、奥に古土居(ふるどい)の地名が残り(芸藩通志)、土豪の存在をうかがわせるが、文献にはみえない。「芸藩通志」は「昔は重兼、是数村とも呼しといふ、(略)又重金村とも書く」と記す。元和五年(一六一九)安芸国知行帳に高一二三石とあり、その後も変わらなかった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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