重郎原遺跡(読み)じゆうろうばらいせき

日本歴史地名大系 「重郎原遺跡」の解説

重郎原遺跡
じゆうろうばらいせき

[現在地名]塩山市中萩原

国道四一一号沿いの中萩原なかはぎわら上粟生野かみあおのの境付近、標高五五一メートルに位置する縄文時代中期の集落跡。昭和三七年(一九六二)多量の土器が偶然発見され、発掘調査が実施されることとなった。住居跡は東西二・六メートル、南北二・八メートルのほぼ円形をなしており、五角形の石囲炉、柱穴五基が検出されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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