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野口王墓古墳

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

野口王墓古墳

天武天皇(在位673~686)と妻の持統天皇(同690~697)を合葬した「檜隈(ひのくま)大内陵」として宮内庁が管理し、立ち入りは厳しく制限されている。「阿不幾乃山陵記」によると、横穴式石室の中に天武天皇のものとみられる漆塗りの棺と、火葬された持統天皇のものらしい金銅製の蔵骨器が並んでいるという。

(2012-11-12 朝日新聞 夕刊 心歴史)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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国指定史跡ガイドの解説

のぐちおうぼこふん【野口王墓古墳】


奈良県高市郡明日香(あすか)村野口にある古墳。宮内庁によって天武(てんむ)・持統(じとう)合葬陵に治定(じじょう)されており、陵墓名は檜隈大内陵(ひのくまのおおうちのみささぎ)。墳丘は八角形で、東西約58m、南北約45m、高さは9m。5段築成で周囲に石壇がめぐらされ、切り石積みの石室が2室あり、天武天皇の棺と持統天皇の骨蔵器が納められているという。『日本書紀』などには688年(持統天皇2)に天武天皇が「大内陵」に埋葬され、703年(大宝3)、前年に亡くなった持統天皇が火葬されたのち合葬されたと記されている。1235年(文暦2)に盗掘にあい、管理が不十分な状態にあったようで、江戸時代には見瀬丸山古墳奈良県橿原市)を合葬陵とする見方があらわれた。その混乱は明治時代まで続いたが、現在では天武・持統天皇合葬陵として治定されている。近畿日本鉄道吉野線飛鳥駅から徒歩約12分。

出典|講談社
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