野呂谷新田村(読み)のろだにしんでんむら

日本歴史地名大系 「野呂谷新田村」の解説

野呂谷新田村
のろだにしんでんむら

[現在地名]吉川町新田につた

上荒川かみあらかわ村の北に位置し、北谷きただに川最上流の丘陵地に立地する。寛文(一六六一―七三)頃に開発された新田村とされる。元禄郷帳に村名がみえ、高四五石余。以後村高は変わらない。開発当初は幕府領であったとみられるが、延享元年(一七四四)大坂城代・出羽山形藩堀田氏領となる(「天保校訂紀氏雑録」日産厚生会佐倉厚生園蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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