野村浩将(読み)ノムラ ヒロマサ

20世紀日本人名事典 「野村浩将」の解説

野村 浩将
ノムラ ヒロマサ

昭和期の映画監督



生年
明治38(1905)年8月16日

没年
昭和54(1979)年7月8日

出生地
京都市左京区黒谷町

学歴〔年〕
早稲田大学商科卒

経歴
大正13年松竹蒲田撮影所に助監督として入社し牛原虚彦師事。昭和4年「鉄拳制裁」で監督デビューし与太者シリーズなどを撮る。11年「人妻椿」を、13年には「愛染かつら」をヒットさせる。特に「愛染かつら」は戦前松竹女性映画の決定版となるほどの空前の大ヒットとなり、松竹きっての娯楽派監督との評価を得る。戦後は振わず24年退社。新東宝、東宝、東映大映などで監督。新東宝で24年に撮った「湯の町悲歌」や「影を慕いて」では手なれた演出で冴えをみせた。34年「恐怖の罠」を最後に一線を退いてテレビ映画や教育映画を撮る。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

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