野津田村(読み)のづたむら

日本歴史地名大系 「野津田村」の解説

野津田村
のづたむら

[現在地名]町田市野津田町・薬師台やくしだい

小野路おのじ村の南に位置する。津久井つくい(江戸道)が通る。一帯中世には野蔦のづた郷といった。寛永一〇年(一六三三)の年貢割付状(河井家文書)では田畑屋敷共六五貫一五〇文で、うち金子納五五貫一五〇文のほかは綿七〇〇目・米四七石余。田園簿に村名がみえ、田二〇八石余・畑一一八石余で幕府領、ほかに花厳けごん(華厳院)領八石。寛文六年(一六六六)検地では高八二三石余、田三七町六反余・畑八六町七反余(「検地帳」河井家文書)。正保二年(一六四五)山崎やまさきとの間で野出入が起きており(「出入裁許状」同文書)、寛文七年には小野路村と境論となって内済している(「内済一札」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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