コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

津久井 つくい

3件 の用語解説(津久井の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

津久井
つくい

神奈川県北西部,相模原市中・南西部の旧町域。丹沢山地の北部に広がる。 1955年中野町,三沢村の一部と串川村,鳥屋村,青野原村,青根村の4村が合体し津久井町が成立。 2006年相模原市に編入。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版の解説

つくい【津久井】

神奈川県北西部、相模原市の地名。丹沢山地や津久井湖などがある。住宅地化が進む。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

津久井
つくい

神奈川県北西部、津久井郡にあった旧町名(津久井町(まち))。現在は、相模原(さがみはら)市の西部を占める緑(みどり)区の一地域。1955年(昭和30)中野町と串川(くしかわ)、鳥屋(とや)、青野原、青根の4村と三沢村の一部が合併して津久井町が成立。2006年(平成18)相模原市に編入。旧町域は、大部分が丹沢(たんざわ)山地、北東の一部が関東山地で、津久井湖畔や道志(どうし)川沿岸には河岸段丘が発達している。国道412号、413号が通じる。古くから相模(さがみ)と甲斐(かい)を結ぶ交通の要地をなし、鎌倉時代には三浦一族の筑井義胤(つくいよしたね)の築城による築井(津久井)城があり、三増(みませ)峠は戦国時代に武田・後北条両氏が戦った三増合戦で知られる。江戸時代に入って養蚕、製糸、絹織が盛んとなり、後期には中野地区は八王子と並ぶ絹市場として知られた。いまは組紐(くみひも)など機業のほか酪農、林業も行われているが、第一次産業は減少している。北部の津久井湖の観光利用も盛んとなり、道志・早戸(はやと)両川は好釣り場。花木や盆栽生産もおこっている。民俗芸能の鳥屋の獅子舞(ししまい)には神事舞踊の特色がみられ、県指定無形民俗文化財、青根の諏訪(すわ)社の大杉は県指定天然記念物である。また、津久井湖畔には尾崎咢堂(がくどう)(尾崎行雄)記念館や、峰の薬師で知られる東慶寺もある。北東部の城山(津久井城跡)南麓の根小屋には城主の居館跡や家臣の屋敷跡が残っている。2000年(平成12)中津川に宮ヶ瀬ダムが完成した。[浅香幸雄]
『『津久井町郷土誌』総集編(1986・津久井町) ▽『津久井町の歴史今昔』(2000・津久井町)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

津久井の関連キーワード神奈川県相模原市中央区相模原神奈川県相模原市中央区清新神奈川県相模原市中央区高根神奈川県相模原市中央区田名神奈川県相模原市緑区中野神奈川県相模原市中央区並木神奈川県相模原市中央区富士見神奈川県相模原市中央区弥栄神奈川県相模原市中央区矢部神奈川県相模原市中央区横山

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

津久井の関連情報