野間出野村(読み)のましゆつのむら

日本歴史地名大系 「野間出野村」の解説

野間出野村
のましゆつのむら

[現在地名]能勢町野間出野

野間稲地のまいなじ村の西に位置し、野間川が南西流する。同川に沿う道を下ると川辺かわべ国崎くにさき(現兵庫県川西市)に至る。野間村を構成する五ヵ小村の一。慶長一〇年(一六〇五)摂津国絵図に「シツノ村」「シヅノ村」、寛永―正保期(一六二四―四八)の摂津国高帳に「出野村」とみえる。村高は正徳三年(一七一三)年貢免定(大原家文書)では、出野村分として二一七石余。延宝七年(一六七九)さお山について当村、田尻たじり村、国崎村の間に山論がおこり、解決した時の絵図が残る(辻家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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