金丸本郷村(読み)かなまるほんごうむら

日本歴史地名大系 「金丸本郷村」の解説

金丸本郷村
かなまるほんごうむら

[現在地名]真野町金丸(かなまる)

旧小倉(おぐら)川堤防沿いに南北両側に並ぶ。北の国府(こうの)川対岸下中興(しもなかおく)村(現金井町)に通じる道を挟んで東側が金丸村、西側が当村。西は八幡(やはた)村(現佐和田町)、南東は三宮(さんぐう)村(現畑野町)、南は四日町(よつかまち)村。金丸村とともに金丸郷あるいは金丸保の遺称地。応永一四年(一四〇七)七月二日の左衛門尉詮忠(本間氏カ)譲状および永享九年(一四三七)三月六日の本間源存譲状(以上山田本間文書)に「金丸保半分」とみえ、石田(いしだ)郷地頭の一族本間氏の所領である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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