金屎村(読み)かなくそむら

日本歴史地名大系 「金屎村」の解説

金屎村
かなくそむら

[現在地名]美作町金原かなはら

稲穂いなほ村の南にあり、東は位田いでん村。「美作鬢鏡」「東作誌」では金尿かなしと村とあるが、誤記か改称かは不詳。慶長一八年(一六一三)と推定される位田村庄屋助兵衛の先祖由緒書(美作古簡集)によれば、助兵衛の伯父三星みつぼし城の後藤勝基に仕えた頃の給地として金屎村などが含まれていた。正保郷帳に村名がみえ、田六六石余・畑一九石余。元禄一〇年(一六九七)の美作国郡村高辻帳では改出高二七石余・開高九石余、村位は上。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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