日本古代の律令制で,品階を有する親王・内親王と五位以上の位階保有者に与えられた田地。品階によるものは品田とも呼ぶ。女子には男子の3分の2が支給されるが,妃・夫人・嬪の場合は男子と同じという。728年(神亀5)以降,外位(げい)は内位の半分となる。位田は位を有している者への支給であるので,品・位階を得ればただちに支給される。品・位階は原則として終身のものなので,位田も本人が死亡するまで用益権がある。令制では,死亡すれば班田年を待たずに収公されるが,726年に死亡後6年の収公に延長された。しかし,778年(宝亀9)には1年後の収公に短縮された(子どもがなければ当年に収公)。位田は輸租田で,その多くは班田農民の賃租(ちんそ)によって耕営されたと思われる。賃租料が位田所有者の収入になる。《延喜式》によれば,位田の半分は畿内,残り半分は外国(げこく)に支給し,一所に10町以上をまとめて支給することは禁止された。諸国では品位田帳が作成された(表参照)。
執筆者:吉村 武彦
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古代律令制(りつりょうせい)下において、一品(いっぽん)~四品(しほん)の親王と五位以上の有位者に支給された田。このうち親王の位田は品田(ほんでん)ともよばれた。輸租田(ゆそでん)である。養老令の規定(大宝令も同じであろう)では、正一位(しょういちい)の80町(約90ヘクタール)から従五位(じゅごい)の8町まで位階に応じて支給され、女子は男子の3分の2であった。728年(神亀5)以降、外位(げい)は内位の半分とされた。位田は位を得たときに支給され、死後はただちに収公される原則であった。そして、給主が欠けたときは無主位田(むしゅのいでん)とよばれ輸地子田(ゆじしでん)とされて、その地子(ちし)は中央の穀倉院に収納された。位田の耕営方法は、多くは班田農民の賃租(土地の借耕)によったと思われるが、その場合、田主の純収益は、賃租の地子(穫稲(かくとう)の20%)から租(穫稲の3%)を差し引いた残り、すなわち穫稲の17%であった。
[村山光一]
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律令制下,有品親王と五位以上の有位者(通貴)に対して班給された田。親王の位階品位に対して支給された田は品田(ほんでん)とも称された。法的には私田・有主田で輸租田でもあった。田令の規定によれば正一位の80町から従五位の8町に至るまで10段階の差がつけられ,女子の場合は男子の3分の2。728年(神亀5)以後,外位(げい)の位田は半減された。位階は基本的に終身であるから,位田も終身用益が可能であった。
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…貴族階級とされるのは五位以上のものを指すと考えてよい。有位者は食封(じきふ),位禄,季禄,位田等を給されたが,食封は親王(800~300戸)と三位以上(300~100戸),位禄は四位・五位,位田(品田)は親王(80~40町)と五位以上(80~8町)を対象とした。季禄は春秋2季に,各人の官職の相当官位に応じて支給されるもので,六位以下の官人もその対象となった。…
※「位田」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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