位田(読み)いでん

  • いでん ヰ‥
  • いでん〔ヰ〕

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

奈良,平安時代,五位以上のにその位階に応じて支給した輸租田 (ゆそでん) 。親王は一品の 80町から四品の 40町まで,諸王臣は正一位の 80町から従五位の8町までであった。死後はすべて没収する規定であったが,次第にゆるみ,やがて私有化していった。

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百科事典マイペディアの解説

律令制で品階(ほんかい)を有する親王・内親王と五位以上の官人に支給された輸田。一品・一位に80町,以下五位に8町まで,品位によって差があるが,終身用益が許された。位階が蔭位(おんい)制で世襲されやすかったため,位田も世襲の傾向を生じ,私有化した。→位階勲等
→関連項目榎坂郷

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世界大百科事典 第2版の解説

日本古代の律令制で,品階を有する親王・内親王と五位以上の位階保有者に与えられた田地。品階によるものは品田とも呼ぶ。女子には男子の3分の2が支給されるが,夫人・嬪の場合は男子と同じという。728年(神亀5)以降,外位(げい)は内位の半分となる。位田は位を有している者への支給であるので,品・位階を得ればただちに支給される。品・位階は原則として終身のものなので,位田も本人が死亡するまで用益権がある。令制では,死亡すれば班田年を待たずに収公されるが,726年に死亡後6年の収公に延長された。

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大辞林 第三版の解説

律令制で、有品ゆうほんの親王と五位以上の官人に、その位階に応じて支給された輸租田。女子は男子の三分の二が支給された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

古代律令制(りつりょうせい)下において、一品(いっぽん)~四品(しほん)の親王と五位以上の有位者に支給された田。このうち親王の位田は品田(ほんでん)ともよばれた。輸租田(ゆそでん)である。養老令の規定(大宝令も同じであろう)では、正一位(しょういちい)の80町(約90ヘクタール)から従五位(じゅごい)の8町まで位階に応じて支給され、女子は男子の3分の2であった。728年(神亀5)以降、外位(げい)は内位の半分とされた。位田は位を得たときに支給され、死後はただちに収公される原則であった。そして、給主が欠けたときは無主位田(むしゅのいでん)とよばれ輸地子田(ゆじしでん)とされて、その地子(ちし)は中央の穀倉院に収納された。位田の耕営方法は、多くは班田農民の賃租(土地の借耕)によったと思われるが、その場合、田主の純収益は、賃租の地子(穫稲(かくとう)の20%)から租(穫稲の3%)を差し引いた残り、すなわち穫稲の17%であった。[村山光一]

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙 令制下の田種の一つ。王以下五位以上の臣下に、位階にある間、位階に応じて給与された田地。特に、有品(ゆうぼん)の親王などに給与されたものを品田(ほんでん)ともいった。親王、内親王は、一品(ぽん)の八〇町から四品の四〇町まで、臣下は正一位の八〇町から従五位の八町まで一〇等級に分けられた。女子は男子の三分の二。神亀五年(七二八)以後、外位(げい)の人はこの規定の半分が支給された。→功田職田(しきでん)
※令義解(718)田「凡応職田位田人」

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旺文社日本史事典 三訂版の解説

律令制において,五位以上の官人と有品の親王に位階に応じて支給された輸租田
等級は一品 (いつぽん) (親王)と正一位の80町から従五位の8町まであり,女は男の3分の2。当該者死後は収公されたが,9世紀以後私有化して荘園の一源流となった。

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世界大百科事典内の位田の言及

【位階】より

…貴族階級とされるのは五位以上のものを指すと考えてよい。有位者は食封(じきふ),位禄,季禄,位田等を給されたが,食封は親王(800~300戸)と三位以上(300~100戸),位禄は四位・五位,位田(品田)は親王(80~40町)と五位以上(80~8町)を対象とした。季禄は春秋2季に,各人の官職の相当官位に応じて支給されるもので,六位以下の官人もその対象となった。…

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