金正院跡(読み)こんしよういんあと

日本歴史地名大系 「金正院跡」の解説

金正院跡
こんしよういんあと

[現在地名]岩国市岩国一丁目

錦見の大明にしみのだいみよう小路の中ほどにあった。修験宗で、岩国領の袈裟頭。大峰おおみね(現奈良県吉野郡)への領主の代参役を勤めた。

「玖珂郡志」に「金正院、修験者、三宝院派、永久寺同行、高十石、当寺開基教山ハ石州温湯ぬくゆ城討死ノ朝枝二郎右衛門孫也、討死ノ節幼年ニテ浪人、以後嵯峨ノ日照院長善法印ノ弟子ニシテ名ヲ教山ト申候、其後御当家ヘ一門尋トシテ罷下候処、其砌、大峰ヘ御代参相勉候大蔵院相果候ニ付、広正公御意ニ、教山コト御家来筋目ノコト候間、向後御領内袈裟頭、又、大峰御代参等相勤候ハバ可御祝着旨ニ付、御請申上、爰元居住仕候」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む