釣上村(読み)かぎあげむら

日本歴史地名大系 「釣上村」の解説

釣上村
かぎあげむら

[現在地名]岩槻市釣上

さき村の南、綾瀬川左岸の沖積平野に位置し、南は釣上新田に続く。江戸時代には鉤上(鈎上)・釣上が混用されていたが、近代に入りもっぱら釣上が使用されるようになった。江戸時代初期から岩槻藩領で幕末に至る。田園簿に釣上ケ村とみえ、高は田方六九二石余・畑方一四四石余。延宝八年(一六八〇)の岩付領内村名石高家数人数寄帳(吉田家文書)では高六七二石余、家数六二(本百姓二八・水呑三一・寺三)、人数四〇五(以上の数値は釣上薪田分を除く)、岩槻藩の地方支配は下郷しもごう筋に所属。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む