釣町(読み)つりまち

日本歴史地名大系 「釣町」の解説

釣町
つりまち

[現在地名]鰺ヶ沢町釣町

西は堀切(ほりきり)橋で漁師(りようし)町、東は新(あら)町に続く。

「鰺ヶ沢町史」によれば、町は寛永一四年(一六三七)に形成されたという。しかし慶安(一六四八―五二)頃の絵図によると、漁師町が西の町はずれで、新町の北から西へかけてはすべて漁師町で、後に漁師町・釣町・浜(はま)町に分れたという(西津軽郡史)。貞享四年(一六八七)の検地帳に釣町がみえないのは、浜町に含まれており、俗称で公的に町として認められていなかったと推定される(鰺ヶ沢町史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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