鋤崎(読み)すきさき

日本歴史地名大系 「鋤崎」の解説

鋤崎
すきさき

[現在地名]柳川市隅町すみまち

横山よこやま小路北東方、柳川城下北東部一帯をさす。元来荒地であったが、開墾して侍足軽を移住させたためこの名があるという(「柳河案内」柳川古文書館蔵)。正保二年(一六四五)の立花忠茂書状(「柳川御留守居衆へ御書控」立花家文書)には、鋤崎に無足の侍屋敷があるとしている。また明治五年(一八七二)の状況を描写していると推定される柳河町地引絵図(柳川古文書館収蔵)によれば、鋤崎と記された場所はほとんどが田であることがわかり、また江戸時代の絵図にも一貫して田地が描かれている(柳川惣町図、寛政三年町小路絵図など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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