錦町二丁目(読み)にしきまちにちようめ

日本歴史地名大系 「錦町二丁目」の解説

錦町二丁目
にしきまちにちようめ

[現在地名]東区大手通(おおてどおり)一丁目

善安(ぜんなん)筋を境に錦町一丁目の西に延びる両側町。明暦元年(一六五五)の大坂三郷町絵図には西上呉服(にしかみごふく)町とみえるが、安政三年(一八五六)水帳(大阪市立中央図書館蔵)には明暦元年の上西呉服(かみにしごふく)町奥書が載るので、これが正式名称であったと思われる。改称時期は元禄六年(一六九三)という(大坂町之内町名替り候写)。大坂三郷北組に属し、元禄一三年の三郷水帳寄帳では屋敷数二四・役数三一役で、うち年寄分・会所分各一役が無役。年寄は奥屋庄左衛門。安政三年水帳では屋敷数一八・役数三一役で、うち年寄分一役が無役。宗旨組合は錦町一丁目に同じ。「難波鶴」は追手筋御祓(おはらい)町(当町か西隣の折屋町)に俳諧点者西村可玖を載せる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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