長六下河原(読み)ちようろくしもがわら

日本歴史地名大系 「長六下河原」の解説

長六下河原
ちようろくしもがわら

[現在地名]熊本市松原町・紺屋町三丁目・紺屋阿弥陀寺町

長六橋下手の白川右岸の河原。「肥集録」によれば、下河原口が押口(須戸口)となっている。またこの地は郡方と町方との両支配であった(井田衍義)。寛政八年(一七九六)刑場が高麗こうらい門内からこの地に移されたが(熊本藩年表稿)、それ以前の寛永一一年(一六三四)にもキリシタンの理由で百姓五名の処刑などがみられ(「御奉行奉書抄出」永青文庫蔵)、刑場とされていた。また「長六河原ニて相撲・芝居興行有之候処、此節より御郡代桟敷掛ケ候様申付候段、天明元年二月之見せ物帳ニ記有之候事」と相撲・諸芝居興行の場所でもあった(雑式草書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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