長喜城村(読み)ちようきじようむら

日本歴史地名大系 「長喜城村」の解説

長喜城村
ちようきじようむら

[現在地名]仙台市長喜城

霞目かすみのめ村の北東にあり、東は荒井あらい村。正保郷帳に田二二貫五五四文・畑七〇六文とあり、ほかに新田一〇貫六三三文。「封内風土記」に戸数一〇とあり、村鎮守は神明宮。当村品替百姓の権兵衛の祖長九郎は「国分白山」の神事で矢取を勤め、その当日は帯刀を許されたほか持高諸役御免で、屋敷名も矢取やとり屋敷と称した(安永風土記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む