長堀心斎町(読み)ながほりしんさいちよう

日本歴史地名大系 「長堀心斎町」の解説

長堀心斎町
ながほりしんさいちよう

[現在地名]南区南船場みなみせんば三丁目・鰻谷中之うなぎだになかの町・心斎橋筋しんさいばしすじ一丁目

単に心斎町ともいう。長堀川両側の町で、長堀次郎兵衛ながほりじろべえ町の西にある。町域は丼池どぶいけ筋を挟み心斎橋筋までの二町。町名は長堀川を開削した四町人の一人で、当町に住んだ岡田心斎(美濃屋)の名から起こった(心斎系譜)。長堀川完成の元和八年(一六二二)頃には町名があったと思われるが、確認できるのは明暦元年(一六五五)から(南区志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む