長堀心斎町(読み)ながほりしんさいちよう

日本歴史地名大系 「長堀心斎町」の解説

長堀心斎町
ながほりしんさいちよう

[現在地名]南区南船場みなみせんば三丁目・鰻谷中之うなぎだになかの町・心斎橋筋しんさいばしすじ一丁目

単に心斎町ともいう。長堀川両側の町で、長堀次郎兵衛ながほりじろべえ町の西にある。町域は丼池どぶいけ筋を挟み心斎橋筋までの二町。町名は長堀川を開削した四町人の一人で、当町に住んだ岡田心斎(美濃屋)の名から起こった(心斎系譜)。長堀川完成の元和八年(一六二二)頃には町名があったと思われるが、確認できるのは明暦元年(一六五五)から(南区志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む