長堀拾丁目(読み)ながほりじゆつちようめ

日本歴史地名大系 「長堀拾丁目」の解説

長堀拾丁目
ながほりじゆつちようめ

[現在地名]南区南船場(みなみせんば)三―四丁目・心斎橋筋(しんさいばしすじ)一丁目・鰻谷西之(うなぎだににしの)町

長堀川の両側の町で、長堀心斎(ながほりしんさい)町の西にある。町域は同川北側では心斎橋筋から渡辺(わたなべ)筋までの間で、間に御堂(みどう)筋・佐野屋橋(さのやばし)筋を挟む。南側では心斎橋筋から渡辺筋の少し東側までと、一本南側の鰻谷通の尾上(おのえ)町と炭屋(すみや)町の間。町名は明暦元年(一六五五)から確認されるが(南区志)、明暦―寛文年間(一六五五―七三)の近世大坂地図では長堀川北側は十一丁目、南側は七丁目とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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