長岡針村(読み)ながおかはりむら

日本歴史地名大系 「長岡針村」の解説

長岡針村
ながおかはりむら

[現在地名]古川市長岡針

江合えあい川北方の水田地帯にある。遠田とおだ郡に属し、東は田尻たじり(現遠田郡田尻町)、北は中目なかのめ(現同上)、西は馬放まはなし村・狐塚きつねづか村、南は富長とみなが村に接する。古代から中世長岡ながおか郡の一部で、この郡の南東へ張出した所のための村名ともいい、また長岡はりとして、開墾地との考えもある(栗原郡旧地考)正保郷帳に田五四貫九六二文・畑七貫二四文とあり、ほかに同所新田四七二文がある。「安永風土記」によれば、田五五貫六七〇文・畑一〇貫五九二文で、蔵入は二九貫八三一文、給所は三六貫四三一文、人頭三〇人、家数三二(うち借屋二)、男八〇・女六二、馬一二とあり、神社は村鎮守針崎はりさき明神社など一〇もあった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む