長峰新田(読み)ながみねしんでん

日本歴史地名大系 「長峰新田」の解説

長峰新田
ながみねしんでん

[現在地名]吉川町長峰

西は長峰池、南はさいヶ池(現柿崎町)に臨み、北は坂田さかた新田(現同上)南東黒岩くろいわ通に沿って竹直たけなお村に接する。永正一〇年(一五一三)一〇月二八日の長尾為景書状(上杉家文書)に「長峯原」とみえ、守護上杉定実方の宇佐美房忠が拠る小野おの(現柿崎町)を攻撃する為景を支援するため、高梨政頼が当地に布陣している。村域内に長峰古城(雁子城)跡があり、往古は那須主水宗明が居したがのちに廃城。元和二年(一六一六)上野国大胡おおご(現群馬県勢多郡大胡町)城主牧野右馬允忠成が五万石で当地に移封され、再築して住すはずであったが、同四年築城半ばにして長岡に移ったため再び廃城。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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