長清水村(読み)ながしみずむら

日本歴史地名大系 「長清水村」の解説

長清水村
ながしみずむら

[現在地名]上山市長清水・松山まつやま一―三丁目・石崎いしざき一―二丁目・河崎かわさき一―三丁目・美咲町みさきちよう二丁目・長清水一―三丁目・鶴脛町つるはぎちよう一―二丁目・二日町ふつかまち四ッ谷よっや二丁目・弁天べんてん一―二丁目・朝日台あさひだい二丁目・矢来やらい二―四丁目・石堂いしどう南町みなみまち

上山城西の通称西にし町から寛文九年(一六六九)に移った村。西町は松山台下の千本せんぼん橋から荒町あらまち川に沿う農業集落で、紙漉を副業としていた。土岐頼行時代の城下拡張により城下南東方の現在地に移り、西町は家中地と鷹匠たかじよう町になった(上山三家看聞日記)地名の起りは田畑の諸方から清水が湧出ることに由来し、清水を利用して紙漉ができるので、この地を選んだといわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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