長町九丁目(読み)ながまちきゆうちようめ

日本歴史地名大系 「長町九丁目」の解説

長町九丁目
ながまちきゆうちようめ

[現在地名]浪速区日本橋につぽんばし五丁目

長町八丁目の南に続く両側町で、南端部でいたち川に今宮いまみや橋が架かる。同橋を境に今宮村となり、また街道は紀州街道と称されるようになる(天明七年「松平石見守殿御初入ニ付差出御覚書」京都大学蔵)。古くはなが茂助もすけ町と称したが、元禄六年(一六九三)長町九丁目と改称(大坂町之内町名替り候写など)。明暦元年(一六五五)大坂三郷町絵図に茂介町とみえる。大坂三郷北組に属し、元禄一三年の三郷水帳寄帳によると屋敷数一二・役数一五役で、うち年寄分・会所分各一役が無役。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む