長谷山村(読み)はせやまむら

日本歴史地名大系 「長谷山村」の解説

長谷山村
はせやまむら

[現在地名]甘木市長谷山

下秋月村の南西、小石原(こいしわら)川の右岸に位置する。夜須(やす)郡に属し、南西は千手(せんず)村、東は上秋月村。元和九年(一六二三)から秋月藩領。秋月町(秋月城下)のうち建出(たてだし)や西魚町(にしうおまち)(西半)は当村の地籍であった。小早川時代の指出前之帳では長谷山村の田一三町六反余(分米二〇一石余)・畠三町一反余(分大豆一六石余)。慶長七年(一六〇二)の検地高四五五石余、うち大豆七六石余(慶長石高帳)。元禄五年(一六九二)の高四五七石余・反別三五町六反余、家数四〇・人数二〇四(田圃志)。寛政期(一七八九―一八〇一)の家数五七・人数二八七、馬一四・牛一七(別本「続風土記附録」)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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